Chicago Blog

国内唯一の無可動実銃と古式銃の専門店。
スタッフの日記や元フランス外人部隊兵の声、新入荷の情報などの各種おしらせ、在庫状況など、リアルタイムにお知らせします。

<< April 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>

2017.04.28 Friday

カルカノM1891の華麗なる戦歴イタリア編

皆様こんばんはスタッフSさんのブリュッセル戦争博物館の航空機関連ブログを見て、ベルギー空軍が戦時中に使用したフェアリーバトル軽爆撃機(↓の飛行機)は展示してあったのだろうか?と、どうでもいいことが気になったナベです。

 

本日はこちらWW1やWW2では同盟軍(?)であった我らが友邦、イタリア王国軍の主力小銃「カルカノ M1891 歩兵銃」であります。

DSCN8354.JPG

 

カルカノM1891歩兵銃は1891年にトリノ陸軍工廠でサルバトーレ・カルカノ技師によって開発されたイタリア軍初の無煙火薬使用の制式小銃です。 写真はWW1時のイタリア軍歩兵、装備品一式と着剣したカルカノM1891歩兵銃を持ってます、だいたいこんな格好(途中でエイドリアン型ヘルメットを被るようになります)でアルプス近辺に布陣するオーストリア軍と延々と対峙しました。 途中オーストリアの苦境を見かねた助太刀ドイツ軍の攻撃で27万人も捕虜を出したりしましたが、最終的には民族問題や厭戦気分が蔓延して士気が駄々下がりのオーストリア軍に勝利。

c3df68330fdd939552778c4f1948ec3e.jpg

 

他にもカルカノM1891は1911年に勃発しオスマントルコからリビアをGetした伊土戦争(写真はリビアでカルカノM1891を構えてオスマントルコ軍と交戦中のイタリア兵)や

 

1889年〜1896年の第一次エチオピア戦争(まがりなりにも西欧列強のイタリア軍が前近代的なエチオピア軍にまさかの敗北)、1935年〜1936年の第二次エチオピア戦争(毒ガスや戦略爆撃で碌な装備も無いエチオピア軍を撃破)でも戦いました。 写真は近代イタリア王国軍を苦しめたエチオピア帝国軍歩兵・・・。

Italo-Ethiopian-War-1935-8.jpg

 

映画「砂漠のライオン」(同じイスラムの遊牧民が主役で、同じ砂漠が舞台のせいかショーン・コネリー主演の「風とライオン」と混ざる・・・)で有名な1920年から1932年までのイタリアに対するイスラム教団の抵抗運動に対する戦闘にもカルカノは投入されました(劇中でもイタリア兵が使ってた・・・ような気がする)。 騎乗している人たちは主役のアンソニー・クインが演じたイスラム教団の指導者ムフタール(たぶん右から3人目)と配下。

Omar_Mukhtar_with_the_Libyan_Mujahideen.jpg

 

ずらっと整列したカルカノM1891を手にしたエチオピアやリビアのイタリア軍植民地兵(イタリア軍の植民地兵ってまた士気が低そう・・・)

ao-dessie-1936.jpg

 

大阪店のカルカノには左側にはシリアル、上部には定番TERNI(TERNI工廠)の刻印が確認できます。

DSCN8355.jpg

 

特徴的なリアサイト(違うといえば違いますがシュミット・ルビン IG89 歩兵銃のサイトと雰囲気がよく似てますね)。

 

この特徴的なサイトのおかげで似てるカルカノM1941小銃とも容易に区別がついて助かります(?)。 背負ってるのは若干形状が異なりますがシカゴでも販売しているブレダ M1930軽機関銃用の弾薬箱でしょうか。

 

ということでWW2以前のカルカノM1891でした。次回は他国でのカルカノM1891の活躍をご紹介したいと思いますではまた!

 

bravo!カルカノM1891はこちら

 

なにかお洒落ブレダ M1930 軽機関銃 弾薬箱 はこちら

 

ご近所で2歳違いシュミット・ルビン IG89 歩兵銃はこちら

 

 

 

本日のワンポイント情報!!

買取りで、ベルギー ルフォーショー 6連発 リボルバー が東京店に入荷致しました。

 

価格が決まっておりますので、すぐにご紹介可能な商品となっています。

新品の真鍮製ピンファイア・カートリッジ用薬莢が6発付属し、お値打ち価格になっていますので ぜひHPをご覧ください。 

 

ベルギー ルフォーショー 6連発 リボルバー(150万円、税別)

 

 

 

 


2017.04.27 Thursday

アメリカ軍90mm砲弾発射済薬莢

皆様こんばんは爽やかな天気が続きますね。布団が干せてホクホク、ナベです。

 

本日はこちら東京店在庫の「90mm 砲弾 発射済薬莢」でございます。 このアメリカ軍の90mm砲弾は第二次世界大戦中に高射砲や戦車用の砲弾として使用されました。

329bb88e6392cdfa13e9a224d305464e[1].jpg

 

この90mm砲はドイツ軍の8.8 cm高射砲やティーガー重戦車の主砲に比肩する威力を持っていたため、M36ジャクソン駆逐戦車に搭載されヨーロッパ戦線で活躍しました。

1280px-Samohodni_top_M36_Jackson (2).jpg

 

しかしジャクソンは90mm砲の火力やシャーマン戦車譲りの機動力は申し分なかったものの装甲が薄いためガップリ四つに組んだ戦車戦には不向きな車両でした。 そのため1944年にアメリカ陸軍は陸軍地上軍管理本部の反対(たぶん管理商品が増えるのがイヤだったんでしょう)を押し切りパンチ力のある90mm砲を備え走攻守揃ったM26パーシング中戦車を開発しました。 パーシングはギリギリ終わる寸前のヨーロッパ戦線に投入されドイツ軍の虎や豹、犀とも交戦しました。

1024px-9th_Infantry_Regiment_tank_desant.jpg

 

その後M26は駆動系を改良されM46パットン中戦車となり1950年に勃発した朝鮮戦争に投入されました。 90mm砲の威力は十分で北朝鮮軍の85mm砲を搭載したT34/85中戦車を圧倒しました。(戦車に描かれた変な絵は虎だそうで「アジア人は虎を怖がるから描いた」そうです・・・コワいか?) シカゴの品には「195○」の年号が見られますのでこの薬莢この頃に製造された物かもしれませんね。

us-m46-pershing-tank.jpg

 

朝鮮戦争中の1951年にはM46戦車の車体に新型砲塔を搭載(主砲は90mmのまま)してM47主力戦車が完成しました。 また1966年このM47はドイツ軍によってスペイン(ゲフンゲフン)もといアルデンヌの森で大量に使用されアメリカ軍のM24軽戦車を蹴散らし連合軍を窮地に落とし入れました。 写真は新型のM47(ゲフンゲフン)もといタイガー新型重戦車を見て連合軍コレナラヤッツケラレルンジャネと思案するドイツ将校。

4506f.jpg

 

そしてM47の射撃装置や駆動系等、各部を徹底的に改修したのがM48です(主砲は90mmのまま)。 冷戦期12000両生産されベトナム戦争や中東戦争、印パ戦争などで活躍し今でも105mm砲に換装したりして各地で運用されています。 一連の改装で搭載された90mm砲もM3→M3A1→M36→M41と進化して行きましたがロジスティクスの権化のアメリカ軍ですから砲弾自体はいずれの砲に対しても共用性はあった・・・・と思われます。

b02407e62d383833e2d74021ffa4c4df.jpg

 

90mm砲といえば我が国の61式戦車も90mm砲を装備していました(主砲はM36の90mm砲を参考に「61式52口径90mmライフル砲」を製作し搭載)。 当然米軍の90mm砲弾も射撃が可能なようになっていました、シカゴの薬莢を装填してみたい・・・。

Type_61,_Exercise_Orient_Shield,_18_nov__1985.jpg

 

ジャクソン、パーシング、パットンと米国の名将の名を冠した戦車にも搭載された「90mm 砲弾 (19B) 発射済薬莢」はこちら

 

 

本日のワンポイント情報!!

大阪店在庫品の ウィンチェスター M1866 イエローボーイ カービン (A.Uberti社製復刻品) 下記2挺のHPとDetailed Photos(詳細画像)が本日完成いたしました。1挺はお客様連絡中ですが、キャンセル待ちもお受けしておりますのでお気軽にお問合せください。

ウィンチェスター M1866 イエローボーイ カービン (A.Uberti社製復刻品) (8.5万円、税別)

ウィンチェスター M1866 イエローボーイ カービン (A.Uberti社製復刻品) (9.5万円、税別)


2017.04.22 Saturday

100年前は1917年、WW1ドイツ軍装備品ご紹介

皆様こんばんは桜の時期も過ぎ、これから暖かいを通り過ぎドンドン暑くなって行くんでしょうね・・・やっぱり春が好きナベです。

 

ふと100年前の1917年の今頃、何があったのかな?と調べてみますと

ドイツ帝国が無制限潜水艦作戦を2月に宣言、米独の国交が断絶

 

3月11日には日本の装甲巡洋艦出雲を主力とする特務艦隊が地味に欧州へ出発、15日にはロシア革命によりなんとロマノフ王朝が滅亡。

 

そして今月の6日には無制限潜水艦戦etcに怒ったアメリカ合衆国がドイツに対して宣戦を布告・・・激動の時代ですね。

 

ということで(?)100年前に思いを馳せながら貴重な休日2日潰してWW1のドイツ兵作ってみました。 機関銃陣地に突撃するのもイヤですし、毒ガス打ち込まれて火炎放射器に炙られながら突撃されるのもイヤですがストームトルーぱ・・・ではなくシュツルムトルッペンかっこいいですね。

DSCN8345.JPG

 

まずお二方、ルガーP-08を持って「お前たちは永遠に生きたくないはないのか!」とか言ってそうな分隊長とタミヤのMP28短機関銃を先祖返りさせたMP18を装備してダッシュの歩兵さん。

この人たちの着たり持ったりした品はあるかな〜とシカゴ商品を見るとありました!(時期等がWW1からずれる品もありますが)

ドイツ軍 ルガーP08 ホルスターはこちら

ルガーのダミーカートや弾用紙箱はこちら

胸の黒白のリボンは2級鉄十字章のリボンです、復刻品WW1の鉄十字章はこちら

ちょっとタイプは異なりますが帝政ドイツ M1907/10兵卒用軍服上下復刻品はこちら

MP18と比べるとサイト等細部が異なりますねMP28はこちら

1.jpg

 

残りのヤル気満々の2人、M16ヘルメットやモーゼル Kar.98a や必殺円匙は売れてしまって在庫なし・・・。

しかし下記の品はまだ在庫あり

M15水筒はこちら

無いと死活問題GM17ガスマスクはこちら

M1910飯盒はこちら

ドイツ軍 第一次大戦型雑嚢はこちら

背中に担いでいるのは毛布か外套か?M1915 外套はこちら

柄付き手榴弾の「柄」は在庫あり「手榴弾 木部 」はこちら

 

そして分隊長以外の3人が左右の小脇に抱えるカーキ色の謎の袋・・・お分かりいただけただろうか〜。

 

これです。突撃兵用柄付き手榴弾携行袋です。 これに15年型柄付き手榴弾を一杯詰めて、いざ突撃〜!だそうです(因みにドイツ軍、結構気に入ったのかWW2でも使用したようです)。

「帝政ドイツ 突撃兵用柄付き手榴弾携行袋」はこちら

d54d23aa28fe73eb603e5f2093ddb182[1].jpg

 

こんな感じで襷がけして装着するようです。 左右合わせて10本は運べそう、レプリカの柄付き手榴弾を何本か入れてみてMP28でも構えて突撃兵気分を味わってみては如何でしょうか?あれ?この兵隊さんトレンチ・アーマーも着てますね(Gew98背負って手榴弾一杯両脇に抱えてガスマスク被ってトドメにトレンチ・アーマーか・・・広報用とは思いますがお疲れ様です)。 重くて効果も微妙だったそうですがインパクトは抜群な1917年型トレンチ・アーマーはこちら

 

と結構在庫豊富な帝政ドイツのアクセサリー(の一部)の紹介でした。

 

 

本日のワンポイント情報!!

買取で入荷した Gew.43 自動小銃のHPとDetailed Photos(詳細画像)が本日完成いたしました。

早速売約済となりました。ありがとうございます。

 


2017.04.19 Wednesday

大阪散歩その2

皆様こんばんは、東京店の九九式狙撃銃の画像を見るたびに激しい動悸息切れに襲われるナベです。

 

本日は先日の大阪散歩その1に引き続き、北西方面に移動してその2でございます。 大阪城バックに狛犬、一対になっていて反対側にもう一頭いらっしゃいます。 この狛犬さんは中国生まれで、戦争が始まる1937年以前は中国の天津市庁舎の門前に飾ってあったそうですが日本軍による空襲で台座がら落ちる→日本軍が戦利品?として大阪陸軍兵器廠へ送る→1938年西宮球場で開かれた「支那事変聖戦博覧会」で展示→大阪兵器支廠前へ移動→1940年に城内に国防館が出来るとその前へ移動→戦後中国へ返還という話もあったそうですが1984年日中友好のため中国側からあらためて寄贈・・・となり現在地に落ち着いたそうです。 この狛犬さんも色々なものを見たのでしょうね・・・。

P4070063.jpg

 

二の丸の堀に架かる橋を渡りテクテク歩くと程なく砲兵工廠表門に到着します。 徳川時代の石垣の上に明治期のレンガ塀が乗っかってます。 趣がありますが耐震とか大丈夫なのでしょうか?

P4070066.jpg

 

門前にも工廠の石碑が建ってます。 砲兵工廠は明治時代の1870年に「造兵司」が置かれ「大阪造兵司」「大砲製造所」「砲兵第二方面砲兵支廠」とコロコロと名前が変わり(西南戦争の影響?)ましたが1879年にやっと「大阪砲兵工廠」となりました。 大砲や砲弾をメインに生産したため大阪工廠製の三八式歩兵銃は存在しません。 しかし大戦末期になりますと大砲以外に海軍関係の器材や航空機部品、ロケット砲(噴進砲?)、風船爆弾、特攻兵器も生産しました。

P4070067.jpg

 

門から入った所にある崩壊寸前の建物です。 明治初期に建てられたそうで守衛さんの詰め所、トイレ、従業員の出勤退勤の管理所などに使われたそうです。 しかしこのままというのは勿体無い・・・。

P4070072.jpg

 

もう少し進みますと砲兵工廠化学分析場の建物が見えてまいります1919年に建てられたネオ・ルネッサンス風(らしい)の建物で新兵器の開発研究が行われました。 う〜んルネッサンス

P4070074.jpg

 

戦後は大学や自衛隊が使っていたそうですが現在は放置され廃墟化が進んでいるようです。 大阪万博、カジノ構想大いに結構ですがこういった貴重で歴史的価値のある建物にももう少し気を使って欲しい気がします・・・綺麗に整備したら映えると思うけどな・・・。

P4070079.jpg

 

化学分析場のちょっと先には鋼鉄塊(だそうです?)が転がってます。 こんな物体を製鉄して大砲や鉄砲を作ったんですね〜。

P4070075.jpg

 

城外の学校には戦前の将校クラブだった大阪偕行社の門柱が残っています(海軍は水交社)。 各地にあった偕行社では士官、准士官たちの親睦や互助、学術研究の役割も果たしましたが社内では軍服、軍帽、軍靴、軍刀、指揮刀、拳銃、双眼鏡の軍装品から、記念品なども販売していました(あぁ買いに行きたい・・・)また関係者用の喫茶店や旅館、学校の経営までしていたそうです。 ここも以前は大阪偕行社附属小学校でした。

P4070082.jpg

 

こちらは大正15年(1926年)に竣工した大阪府庁舎本館です、一時期ぶっこわして高層ビルを建てる話もあったそうですが2012年に登録文化財に指定されましたヨカッタネ。 映画「ブラックレイン」等の映画やドラマにも登場したそうです。 内部に侵入したかったのですが時間的に厳しそうだったので今回は断念、また今度!ということでその2は以上でございます。 その3でまたお会いしましょう〜。

P4070084.jpg

 

70年位前はこの辺りを指揮刀を吊った将校さんが颯爽と行き交っていたんですね・・・

 

日本軍 将校用制帽はこちら

 

旧日本陸軍九八式将校夏用(合服)上衣と下衣(乗馬ズボン)はこちら

 

日本陸軍九八式将校用上衣(中尉襟章付き)はこちら

 

日本陸軍尉官用指揮刀はこちら

 

本日のワンポイント情報!!

先日、出張買取りで入荷しました無可動実銃コレクションの内、MG34 汎用機関銃 (付属品、木箱付)のHPとDetailed Photos(詳細画像)が本日完成いたしました。ご予約を頂いているお客様がおられますが、キャンセル待ちもお受けしておりますのでお気軽にお問い合わせください。

最近では珍しい、人気の木箱付きとなります。

 

MG34 汎用機関銃 (付属品、木箱付) (55万、税別)

 


2017.04.09 Sunday

大阪散歩その1

皆様こんばんはお元気ですか?先日免許の更新のため大阪の門真運転免許試験場へ行って参りました。 HPには受付時間PM0:45〜PM5:00とあったので試験場最寄の古川橋駅前でゆっくりノンビリ食事して、たりたり歩いて2時過ぎに到着、受付の職員さんに免許を見せようと思ってガサガサしてると「今日はあと5分で終わっちゃうんで急いで下さい」とファ?の一言。 ドーパミンかアドレナリンが活性化だか噴出だかして慌てて手続きをしたナベでございます(確かにHPをよく読むと「午後2時30分以降に受付された方の更新時講習及び免許証の交付は、後日となります。」・・・危なかった・・・)。

 

せっかく京阪に乗って門真市までやって来たのだから何かブログネタはねーか?と地図を見るもお寺や古墳などしか見当たらず、ビミョー(激しく?)にシカゴ的に合わない・・・。 しかし隣駅の門真市駅近くに市立歴史資料館を発見!路銀をケチって徒歩にてGO!そして到着、ある意味、味のある資料館です。

 

火縄銃、若しくはゲベール銃の展示でもあればと思っていたのですが古墳資料や昔の農機具などの展示がメインで残念ながら銃器刀剣等の展示品は無し・・・。

 

いやしかし何か何かミリタリーな物は無いか?と徘徊してますと軍用行李(留め具が国防色だし形状的に軍用・・・だと思う)を発見、杞柳(コリヤナギ)製で作られ軍隊生活に必要な被服等を入れて運搬したそうです。

 

他には門真出身で戦前戦後に活躍した政治家、幣原喜重郎(戦前は欧米との協調外交を進めるものの、暴走する軍部の対応に苦慮し戦後は憲法制定に尽力)のコーナーもありました。

 

・・・これで終わってはシカゴ的には寂しいのでキヨミズさんに以前貰った大阪城近辺の戦争関連地図を見ながら帰りがけ京橋駅で降りて探索を開始、まずは砲兵工廠荷揚げ門1871年に作られたそうです。 重い鋼材や大砲でしたら船で運んだほうが楽ですよね。

 

橋を渡って大阪城ホール方面へ突入。

 

ホールに隣接する野球場の片隅に砲兵工廠跡碑を発見、実にシンプルで周辺にはこの石碑以外に工廠跡を示すものは見当たりません・・・。 う〜ん諸行無常・・・。

 

よいしょっと這い上がって石碑の裏を見ると砲兵工廠の沿革や概要が記されていました。 大阪城ホールの辺りには昔、砲兵工廠本館が建っていたそうです。

 

大阪城周辺散策北東編は終了、次回は北西編です。 さぁ〜歩くぞ (゚p゚)

 

行李には外套なども収納したのでしょうか?日本軍将校用外套はこちら

 

クロスキャノン!大阪砲兵工廠の三十八年式野砲榴霰弾信管 (加工処理品)はこちら

 

本日のワンポイント情報!!

先日、出張買取りで入荷しました銃砲刀剣類登録証付の古式銃コレクションの内、新たに本日下記2挺のHPとDetailed Photos(詳細画像)が完成いたしました。2挺とも価格が決まっておりますので、すぐにご紹介可能な商品となっています。作動完全良好な美しい品です。 お値打ち価格になっていますので、 ぜひHPをご覧ください。 

イギリス製 単発 パーカッション ピストル (桐箱付)(27万円、税別)

スタール M1865 カービン (200万円、税別)


▲top