Chicago Blog

国内唯一の無可動実銃と古式銃の専門店。
スタッフの日記や元フランス外人部隊兵の声、新入荷の情報などの各種おしらせ、在庫状況など、リアルタイムにお知らせします。

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2018.11.16 Friday

ナヴァロンの嵐〜!

皆様こんばんは秋も深まってきましたね〜今年はインフルエンザの予防接種受けようかな・・・注射コワイナベです。

 

先日20年ぶりくらいに「ナヴァロンの嵐」を再視聴、程よくほとんど忘れていたので結構楽しめました。 ロバート・ショウ(バルジ大作戦でヘスラー大佐を演じてましたね)、ハリソン・フォード(若い!)、フランコ・ネロ(続・荒野の用心棒)らが出演。

 

内容は1943年、英米の特殊部隊がドイツ軍、パルチザン、チェトニック(王党派)入り乱れるユーゴスラビアに潜入し、ある目的を遂行するお話でございます(裏切りが裏切りを呼びどんどん疑心暗鬼に)。

 

1978年と40年前の映画ですので考証的に大らかな所がありますが、そんな些細なことは話の面白さと勢いで押し流すのがこの頃の映画の良さですね〜(?)。 お相手はドイツ軍やチェトニック(王党派)ですので当然、下記のドイツ軍御三家(?)の皆様が登場いたします。

 

まずはKar.98k !当然ドイツ兵やチェトニックが装備・・・というかWW2のドイツ軍が出てくる映画で98kが出てこない映画ってあるのだろうか?

 

Kar.98k 小銃はこちら

 

お次はシュマイザー短機関銃、・・・というかWW2のドイツ軍が出てくる映画でMP40が出てこない映画って(以下略)

 

MP40 I 短機関銃はこちら

 

ドイツ軍、パルチザン(捕獲して使っている設定?)双方でMG42を使用、ロケ地はユーゴだったそうなので恐らくM53汎用機関銃だと思われます。 クライマックスの橋のシーンで確かドイツの守備隊がラフェッテにも載せていました。

 

MG42汎用機関銃はこちら

 

MG42ラフェッテ三脚はこちら

 

チラッとZB系の軽機関銃も出てきた気が・・・まあユーゴ舞台の戦争映画でZBが出て来ると妙な説得力がありますね。

 

ZB系の軽機関銃はこちら

 

パルチザン側はモーゼル系の小銃を装備、見ていたときはオッ!?珍しい!ユーゴM48小銃じゃね?と思ったのですが・・・

 

ユーゴM48小銃はこちら

 

よくよく見ていますとボルトハンドルが曲がっていなかったり細部が違ったり?

 

出演していた銃はチェコのVz.24をユーゴで国産化したM24だったのでしょうか? 40年前の映画でも気になるところはヤッパリ気になりますね〜。

 

Vz.24短小銃はこちら

 

ところでこの「ナヴァロンの嵐」、ナベまるっきりフィクションだと思っていたのですがあの映画「ネレトヴァの戦い」で有名な1943年の「第4次反パルチザン攻勢」(ドイツ、イタリア、クロアチア、チェトニック15万VSチトー指揮下のパルチザン2万)がベースの題材だったようです(映画ではドイツ軍が橋を渡る前に橋を壊す、実際はパルチザンが渡った後に枢軸軍が追ってこないように橋を壊す)、それにしましても「ナヴァロンの嵐」と「ネレトヴァの戦い」舞台は同じなのに雰囲気が全く違うな・・・(アメリカ映画とユーゴ映画ですから当然?)では!

 

本日のワンポイント情報!!

買取りで、ドントル銃 (真鍮製銃身、銃砲刀剣類登録証付古式銃) が東京店に入荷致しました。

価格が決まっておりますので、すぐにご紹介可能な商品となっています。

表示製作中ですが、HPとDetailed Photos(詳細画像) にアップしておりますので ぜひご覧ください。

 

ドントル銃 (真鍮製銃身、銃砲刀剣類登録証付古式銃) ( 20万円、税別 ) こちら


2018.11.08 Thursday

ベルチェー Mle M16 歩兵銃 後編

皆様こんばんは、キヨミズさんから教えて貰った映画「バトル・オブ・ブリテン 史上最大の航空作戦」が楽しみなナベです・・・って東京大阪の2館・・・しかも上映日も少ないな・・・。

 

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で太秦を挟みましたが先日の前編に引き続き今回こちら「ベルチェー Mle M16 歩兵銃」でございます。 前回はヨーロッパの西部戦線でしたが今回は大活躍(?)のアジア編。

 

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ベルチェー Mle M16 歩兵銃が配備されていた20世紀前半頃のフランスはアフリカやアジアの多くの植民地を持つ国家でした。 が1940年にフランス本国がナチスドイツに敗北してしまうと各植民地政府は大いに去就に迷うこととなりました。 親独のヴィシー政権加担したり、或いは反独を標榜するドゴール将軍の自由フランスに付いたり付かなかったり・・・。(かなり見難いですが閲兵を受けるフランス兵が持っているのはMle M16?)

 

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フランス領のインドシナは諸事情により枢軸のヴィシー政権に付き(周辺で日本軍が暴れまわっているから仕方ない?)、WW2の初旬から中旬にかけては仏印進駐した日本軍と穏便に共同統治といった形を取ることとなりました。 写真左が日本の印度支那駐屯軍司令官土橋勇逸陸軍中将(フランスへ武官として赴任経験あり)、右がフランスの仏印総督ジャン・ドクー海軍中将

 

しかし1944年のノルマンディー上陸による連合国の大陸反攻でヴィシー政権はあっけなく崩壊、太平洋方面も連合軍の怒涛の反撃により駐留フランス軍にも連合国側の自由フランスの影響が段々と強くなっていくこととなりました。 写真はべトナム国内を進む日本軍部隊。

 

1945年3月、日本側はこのままフランス駐屯軍が連合軍に組することを恐れフランス軍を武装解除する作戦「明号作戦」を開始。 土橋中将指揮下の日本軍兵力は5万、ドクー中将のフランス軍兵力は5〜6万(本国兵外人部隊約15,000、植民地兵約35,000または北部に45,000、フエに10,000、サイゴンに35,000とも)でフランス側が若干兵数が有利のうえランソン、ドンダン、カオバンなどの要塞郡を擁していたためフランス側が有利かと思われました。 (写真はWW1時の西部戦線へ送られたベトナム植民地兵、欧州のゴタゴタに全く関係無いベトナム人が戦わされるのは何か理不尽・・・叉銃しているのは「ベルチェー Mle 1907/15? 騎兵銃」のようです、小柄なアジア人には向いている?)

 

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しかし日本軍が作戦開始直前に仏軍指揮官をパーティーに招いてそのまま拘束したり、奇襲攻撃をしたり、フランス兵の多くが戦意の低い植民地兵だったり、ルノーFT軽戦車(日本兵が火炎瓶で撃退)など旧式兵器しか配備していなかったこともあり数日で要塞は陥落、総督ドクー中将も捕虜となり結果インドシナは終戦まで日本の影響下に置かれることとなりました。

 

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もっとも全てのフランス兵が捕虜になったわけでは無く第五外人歩兵連隊などの一部は中国へ脱出し再起を図ることとなりました(しかし8月15日の終戦により反攻作戦は行われず)。 中越国境へ撤退するフランス兵が肩に掛けているのは Mle M16 歩兵銃ではなくこちらは「ベルチェー Mle M16 騎兵銃?」のようです(山岳戦向き?)。

 

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明号作戦(英名「Operation Bright Moon」カッコイイ!)時にフランス軍はベルチェー Mle M16系や植民地派遣軍向けのMle1902騎兵銃、Mle1886/93 歩兵銃、Mle1907/15や一部にはMle1916やMle1917の自動小銃(!?)なども少数配備していたようです。

 

またある資料によると少数のMAS Mle 1938短機関銃も配備されていたとか・・・確かに1938、コンパクトだし軽いし植民地警備用には打ってつけですね。

 

これらの銃器も戦後の第一次インドシナ戦争などでベトミンなんかが捕獲して宗主国フランスとの戦いで思いっきり有効活用したんでしょうね〜では。

 

「ベルチェー Mle M16 歩兵銃」はこちら

「ベルチェー Mle M16 騎兵銃」はこちら

「MAS Mle 1938 短機関銃」はこちら

 

 

本日のワンポイント情報!!

大阪店在庫品の 58式 小銃 のHP解説を本日追加いたしました。 ぜひHPをご覧ください。

58式 小銃 (18万円、税別)はこちら


2018.11.04 Sunday

ウン十年ぶりに東映太秦映画村に行ってきました。

皆様こんばんは日に日に寒くなってきますね〜ナベでございます。

 

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そんな中、京都の太秦映画村へ行って参りました〜。 それにしても・・・シカゴ社長の「Huis Doorn城」や「National Military Museum」のブログと比べるとアットホーム感ハンパないな・・・(それにしても太秦=ウズマサとは読めないな・・・)。

 

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映画村内部です。 ナベが小学校のころ修学旅行(四半世紀以上前・・・)で訪れたのですが、お土産で木製日本刀を買ったくらいしか記憶に無い(そして当日の夜、友達とチャンバラをして折れる)。

 

沖田総司が岡田以蔵を切り殺してました。 ここで以蔵は新撰組に切られたのではなく土佐藩によって捕縛され刑死させられたんですよ〜何て言ったらナベも一緒に切られるんでしょうね。 サービス精神旺盛な人切りで観客のお爺ちゃんお姉ちゃん子供に計4回くらい切られてました。

 

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江戸の町に恐竜出現、そういえば30年前にも居たような・・・(当時は恐竜ではなくてもっとチープな龍神様っぽい形状だった気も)

 

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旅籠や廻船問屋などの町並みも再現されていました。 映画村スタッフ素浪人が千葉の某ランドなんかと比べると資金力違うんで・・・と悲しい事を言っていましたがナベは映画村の方が個人的に何故か心がトキメキます。

 

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探照灯・・・ではなく撮影用のライトのようです。 他にもデジタル化する以前のカメラなどの撮影器材も展示してありました。

 

シカゴ在庫のカメラはこちら

シカゴ在庫のガンカメラはこちら

 

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忍者が城内に侵入しようと綱をスイスイ手繰って移動中、お疲れ様です。

 

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江戸の町並みの中に突然の洋館、映画文化館です。 1階は美空ひばりさんの記念館?になっています。

 

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2回は高名な映画関係者の資料や東映映画のパネルが展示してあります。 軍隊関連は少なそう、と思ったのですが見てみますと所々に軍モノが、おそらく複製と思われますが鶴田浩二さん着用の海軍二種軍装も(映画「太平洋の嵐」で着用したのかな?)

 

シカゴ海軍系アクセサリーはこちら

 

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他にも特撮の神様、円谷英二さんの資料なども展示されていました。

 

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今も時代劇などを撮影しているので時代劇衣装を着た役者さんたちが多数村内を歩いていました。 撮影していたので思わずデジカメを向けると撮影スタッフにやんわりとお断りされてしまいました。(撮影禁止の看板をヨクミロ!)手前の石垣はなんと発砲スチロール製。

 

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村内には現用銃は兎も角として火縄銃や短筒のレプリカくらいはどこかにあるだろう、と思ったのですが展示していないのかナベが見つけられなかっただけなのか見つけられず・・・。 かろうじて火縄銃を持った顔出しパネルを発見(社長ならココから嬉々として顔を出すんだろうな〜)。

 

シカゴ火縄銃ラインナップはこちら

 

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サービスショップの出入り口には大筒が置かれていました。 関ヶ原(の映画)や大阪の陣(の映画)にも参加した由緒ある大砲でしょうか?それにしても楽しさと懐かしさが込み上げる1日でした・・・。 では皆様ごきげんよう〜

 

シカゴ東京店に鎮座します大砲(模型)はこちら

 

本日のワンポイント情報!!

大阪店在庫品で、 ガリル ARM 自動小銃 (着剣装置無) の新たな個体を HPとD/P(詳細画像) にアップいたしました。ぜひHPをご覧ください。 

・ガリル ARM 自動小銃(17万円、税別) こちら


2018.11.02 Friday

ベルチェー Mle M16 歩兵銃 前編

皆様こんばんは、カステラを食べようとする度に紙と一緒に甘い茶色の部分も剥がれてしまい毎回怒りに震えるナベです。

 

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本日はこちらWW1でフランス軍が出てくる映画やドラマの常連、フランス軍の主力小銃「ベルチェー Mle M16 歩兵銃」でございます。

 

大抵こんなシュチュエーションで将校が笛吹いて、ベルチェー構えたフランス兵がメッチャ嫌ヤ〜という表情で塹壕からドイツ軍陣地に突撃してマキシムに薙ぎ倒される・・・というのがWW1のパターンですね。

 

マキシムMG08重機関銃はこちら

 

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鉄道技師のベルチェーさんがMle 1886ライフルを改良してマンリッカー機構を組み込んだものがMle 1890ライフルで、更にそれに改良を加えたのが「 ベルチェー Mle M16 歩兵銃」です。

 

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その改良点は宿敵ドイツ軍のGew.98が装弾数5発であることから3発という少ない装弾数を5発装填に大幅増量した点です。 Mle 1890ライフルの頃は3発撃つ頃には敵と接近して銃剣でやり合う、と想定していた(?)のに塹壕やら鉄条網やら機関銃やらで間合いを詰めて銃剣突撃どころでは無くなったんでしょうね・・・しかし気付いて改良するのが大戦中盤2年目の1916年って既に遅い気が・・・。

 

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装弾数は増加しましたが、弾を撃ち尽くしクリップが空になると、クリップを下に落とす構造のため排出口に蓋を付けました(泥んこの塹壕で使うならば必須ですね)、しかし面倒な事に蓋を自分で開けてクリップを排出する必要がありました。

 

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それにしてもこの丸いスリング・スイベル、MAS36と同じデザインですね〜この頃のフランスの拘り?

 

ベルチェーと同型のフランス MAS 革製スリングはこちら

 

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このシュッとした銃身、イマイチよく判らない着剣装置、静かに自己主張する叉銃の突起、無粋な他国の銃と比べると実にトレビアンですね。

 

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特にこの殺意が感じられ無い厭戦感漂うトリガーや美しい銃床の曲線を見ているとエコール・ド・パリの息吹を感じてしまいます(意味不明)。

 

第一次世界大戦が終わって短い平和を謳歌するのも束の間、世知辛い世間の風はベルチェー Mle M16 歩兵銃を2度目の世界大戦へ誘います。 次世代のMAS Mle 1936 小銃 の配備が1940年のバトル・ド・フランスまでに完了しなかったため多くのベルチェー Mle M16 歩兵銃が二度目の対独戦に投入されドイツの電撃作戦に巻き込まれることとなりました。(写真裏焼き?)

 

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それにしましても他国の銃と比べると何か女性的な美しさや繊細さと言おうがエレガントさを感じてしまう銃ですね。 次回はベルチェー Mle M16 歩兵銃のアジアでの大活躍(?)に迫ってみたいと思います、それでは皆様オールボアール!

 

ベルチェー Mle M16 歩兵銃はこちら

 

本日のワンポイント情報!!

先日買取りで入荷した スオミ M31 短機関銃 後期型 の価格が決定いたしました。 HPDetailed Photos(詳細画像)は既にアップしております。

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2018.10.25 Thursday

流転のローレンツ M1842 管打式騎兵銃(後編)

皆様こんばんは、先日食したコンビニの博多水炊き(柚子胡椒付き)が思いの外美味しかった〜ナベです。

 

本日は先日に引き続き島根の刻印の入った「ローレンツ M1842 管打式騎兵銃」は1854年から1872年の間に如何な経緯を辿ったのだろう?〜日本編です。

 

このローレンツに3箇所も打たれている「島根県」ですが廃藩置県以前は県内に出雲、石見、隠岐の3カ国が含まれていました。 幕末には出雲と隠岐には松江城に本拠を置く松江藩松平氏18万石が存在し、石見には浜田藩松平氏(6万石)津和野藩亀井氏(4万石)幕府直轄領(石見銀山)などが置かれていました、隠岐は松江藩の支配地でしたが代官を追い出して島民が自治政府を作ったりしてました。(写真は個人的に行ってみたい松江城)

 

幕末、島根県内の諸藩は非常困った微妙な立ち位置に置かれました。 維新の震源地長州藩の隣接地でもあり、その長州とガチンコバトル中の徳川将軍家と松江松平家と浜田松平家は親戚同士でもあったからです(幕府直轄領石見銀山は速攻で長州が占領、津和野藩は上手く空気を読んで中立で被害無し)。 上のお城は浜田松平氏の居城浜田城(6万石にしては立派なお城ですね)。

 

石見、出雲は第一次長州征討時は戦闘は無かったものの、第二次長州征討(1866年)には巻き込まれてしまいました。 上の絵は第二次の際に広島方面から彦根藩と共に長州を攻撃した幕軍側の越後高田藩兵、主武装は火縄銃でゲベール銃すら少数配備だったため長州軍に敗北(穴埋めに幕府歩兵隊と紀州藩が参戦)

 

シカゴ在庫の火縄銃はこちら

シカゴ在庫のゲベール銃はこちら

 

大島、小倉方面は高杉晋作が大暴れ、広島方面は精鋭の幕府歩兵隊と膠着状態、島根方面は大村益次郎が指揮をとりました。 大村の約1,000の部隊は津和野をあっさりスルーして浜田城を目指して進撃(途中関所を守る浜田藩士岸静江との1vs1000の涙のバトルあり)、数に勝る浜田藩、紀州藩、松江藩、鳥取藩、備後福山藩の連合軍(5〜7000人?)と交戦(但し各藩連携不足の上に松江、鳥取、福山は戦意無し)します。 上の絵は幕府歩兵隊?

 

結果は戦意と錬度と装備に勝る上に遮蔽物を利用し伏せ撃ちまで多用する長州軍に、戦国時代と変わらない装備戦法の連合軍は圧倒されてしまいました(戊辰戦争時に流行った文句に「長州の寝射ち、薩摩の立射ち、土佐の切り込み」というのがあったそうです)。 長州は浜田城を占拠し石見を明治まで占領(津和野は除く)しました。 写真は長州の奇兵隊、戦った諸藩の武士たちは農民商人主体の長州兵と戦って、もし討ち取られたりしたら武門の名折れだ!という考えもあり戦いに及び腰だったとか(負け惜しみ?)

 

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島根の浜田、松江、津和野の各藩の装備は旧式のゲベールが最新兵器状態だったので、このローレンツが3藩いずれかの家中の品だとするとかなり高位の武士の持ち物だったのかもしれませんね。

 

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ストックの左側に騎兵銃の特徴であるサドル・リングが二環付いています。 このローレンツを持っていた武士は騎乗できる身分だったのかも(しかし当時の武士たちのリングが何か把握していたのでしょうか?)

それにしましても日本の島根武士とアメリカの南軍騎兵持っていたと考えると浪漫ですね。 シカゴ社長情報にによるとこのローレンツ、オーストリア製にも拘わらずアメリカにおいては南軍制式騎兵銃のイメージが相当強いそうで「南軍が使用した数少ない騎兵銃の一つ」と認識されているそうです。

 

それにしましてもローレンツやっぱり小振り、持っていた武士も軽くて重宝したことでしょう。 前回のMPi69短機関銃と同じく同郷のMPi81短機関銃も並べてみてもやっぱりコンパクト〜。

 

150年以上前の南北戦争で使用された騎兵銃としてはお値打ち!且つ日本への入荷数も少なくとっても希少なローレンツ M1842 管打式騎兵銃はこちら

139年差か・・・MPi81短機関銃はこちら

 

本日のワンポイント情報!!

東京店在庫品で、 PPS43 短機関銃 の新たな個体を HPとD/P(詳細画像) にアップいたしました。ぜひHPをご覧ください。 

PPS43 短機関銃 (10万円、税別) こちら


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