Chicago Blog

国内唯一の無可動実銃と古式銃の専門店。
スタッフの日記や元フランス外人部隊兵の声、新入荷の情報などの各種おしらせ、在庫状況など、リアルタイムにお知らせします。

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2017.11.16 Thursday

スナイダー・エンフィールドとアフガニスタン編

皆様こんばんはナベです。 来月から1940年のドイツのノルウェー侵攻を題材にした映画「ザ・キングス・チョイス(ヒトラーに屈しなかった 国王)」が公開されるそうで、予告見るとクラグ ヨルゲンセンM1894?を持ったノルウェー兵が出てきたりノルウェーの沿岸砲台&固定魚雷発射管がドイツ海軍の重巡洋艦ブリュッヒャーをボコボコにするシーンがあったりと個人的に楽しみです。

 

今回も前回に引き続き、白磨きの金属部といい素晴らしい木部といい大変美しい「スナイダー・エンフィールド MKII** 3 バンド 歩兵銃」でございます。

 

このスナイダーのサイド・プレートにはお馴染み「TOWER」と「1870」の刻印が打刻されています。

 

1870年代といえば普仏戦争や西南戦争、太平洋戦争(南米の)が起きましたが1878年にはシャーロック・ホームズの相棒ワトソン君も軍医として参加した第二次アフガン戦争が勃発しました。 写真はスナイダー銃?を叉銃して、休憩中のスコットランド兵(カブール近郊)

 

因みに第一アフガン戦争(1839~1842)はイギリス軍(東インド会社軍)がロシアの南下政策に対抗しアフガニスタンに侵攻、カブールなどの主要都市を占領するもあっちこっちで反乱が頻発、英軍嫌になって撤退するも退路をアフガン軍に捕捉されなんと全滅してしまいました。 アフガン軍の大軍に囲まれ最後の時を迎えるイギリス兵たち・・・なにかこのパターンというかこのシーン、ソビエトやアメリカが繰り返している気が・・・。

 

第一アフガン戦争時に気の毒なイギリス兵たちが使っていたのはこちらのブラウン・ベス 前装燧石式歩兵銃だったようです。(シカゴで以前販売の品) ヨーロッパのような平地できちんと並んで戦列歩兵として戦うならいいですが、山あり谷ありゲリラありのアフガンではブラウン・ベスはさぞ使い勝手が悪かったでしょうね。

 

第一次アフガン戦争敗北後、彼の地から手を引いていたイギリスですがそうこうしている内にアフガニスタンにまた帝政ロシアが接近、グレート・ゲーム再開!第二次アフガン戦争(1878~1880)が勃発しました。 アフガン王と熊さん(帝政ロシア)とライオンさん(イギリス)の当時の風刺画

 

英軍は3万5千の軍勢でアフガンに侵攻し今回もあっさりカブールなどの都市を占拠しました。 写真はパキスタン国境カイバル峠で休憩中のイギリス軍シーク教徒兵たち。

 

本国兵と違い植民地兵は一世代前の銃を装備していたらしいので、シーク教徒が叉銃しているのはこちらのエンフィールド P1856 2バンド 管打式小銃とかでしょうか?

 

しかしヤッパリというか案の定、泥沼化1880年7月のマイワンドの戦い(英2,500人VSア25,000人)ではイギリスが負け同年9月のカンダハルの戦い(英10,000人VSア13,000人)ではイギリスが勝ったものの結局イギリスはアフガニスタンから撤退しました(外交権の無い保護国という案をアフガニスタンに飲ませてイギリスはなんとか面目は保ちました・・・)。 下はカンダハルで戦うスコットランド兵を描いた絵画、左端の兵士はヤタガン式銃剣 (?)を装着したスナイダー銃かエンフィールド銃を持っているようです。

 

第一次世界大戦後、イギリスの疲弊を見て取ったアフガニスタンは主権を回復すべく英領インドに攻撃を開始(第三次アフガン戦争1919年)、お互い越境攻撃を行いましたが膠着化、お互いなんかもうイヤになったのか講和となり結果アフガニスタンの外交権も含め主権が回復し完全独立となりアフガニスタンの政治的勝利となりました。 写真は「こっからアフガン領だから絶対入っちゃダメよ」という看板の前で停車中の英軍部隊。 この頃はさすがにイギリス側ではエンフィールド P1856やスナイダー・エンフィールドはお役御免で完全にSMLE No.1 MkIII だったんでしょうね。

 

・・・今回の題名「スナイダー・エンフィールドとアフガニスタン」ではなく「仁義なき戦い アフガニスタン死闘編」にすべきでしたね・・・。

 

上、エンフィールド P1856 2バンド 管打式小銃 はこちら

中、スナイダー・エンフィールド MKII** 3 バンド 歩兵銃 はこちら

下、SMLE No.1 MkIII 小銃 はこちら

 

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2017.11.14 Tuesday

スナイダー・エンフィールドと上野戦争編

にっ二十二年式村田銃・・・ぐはっ!こんばんはナベです。

 

本日はよくぞ大阪店へ来てくれました!「スナイダー・エンフィールド MKII** 3 バンド 歩兵銃 (#無)」でございます、美しいな・・・。 個人的には英名のスナイダーより蘭語読みのスナイドルの方がしっくり来る気が・・・。

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1864年にイギリス軍は前装式エンフィールド小銃を後装式へ改造するための方法を急募してアメリカ人(イギリス人じゃないんかい!?)のヤコブ・スナイダーさんの蝶番式銃尾装置方法が採用(1866年に英軍に制式採用)されました。

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因みに弓矢と「S」を組み合わせたようなパテント刻印の上に名のあるそのスナイダーさんは1811年アメリカ ジョージア州モントゴメリー郡に生まれ、自身の名の付いた銃が制式採用された1866年イギリス ロンドンでお亡くなりになりました。

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そして英軍の制式採用とスナイダーさんの死去から2年後の1868年7月4日(シカゴ東京店前で)勃発した新政府軍1万人(あまりヤル気のない他藩兵多数含む)VS彰義隊1千人の上野戦争で新政府軍の主力小銃としても使用されました。 戦いは7月4日の朝に御徒町駅近くの松坂屋あたりに進軍してきた西郷隆盛率いる薩摩隊と黒門口に陣取る彰義隊が広小路で衝突することにより始まりました。 数で劣る彰義隊でしたが上野公園の西郷さんの銅像付近に設置した彰義隊のフランス製野砲が火を吹き薩摩隊の進撃を阻止しました。

 

同じころ上野公園の北西の谷中霊園あたりからスナイダー銃を装備した長州隊は彰義隊への攻撃を勇躍開始・・・と思いきや問題が発生・・・撃ち方がワカラナイ\(^o^)/、どうも長州隊にスナイダー銃が渡されたのが戦いの前日でしかも弾がモッタイナイという理由でほとんど試射しなかったからだとか?(イヤなんとなく撃ち方分るだろう・・・)

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慌てた長州隊、取りあえず連発銃装備の佐賀藩(若しくは宮崎県の佐土原藩)にあとを任せて東京大学の構内(当時は加賀藩邸)まで撤退、そこでスナイダー銃を横浜から持ってきた長州参謀木梨精一郎を発見、早速「教えて〜木梨先生!」となりレッスン開始、直ぐに覚えて長州隊は谷中戦線に即復帰しました。 (写真はスナイダーを持ってきて使い方をレクチャーした木梨精一郎、後に長野県知事や貴族院議員を歴任)

 

しかし薩長を中心とした新政府軍の猛攻に対し彰義隊は善戦、戦いは膠着化すると思われましたがお昼頃に本郷台の加賀藩邸(現東大)にいた佐賀藩が不忍池越しに上野の彰義隊に対し砲撃を開始、さすがの彰義隊も動揺、その隙を逃さず薩長の新政府軍は攻めかかり当日の夕方には戦いは決着、彰義隊の残存部隊は根岸方面へ脱出し新政府軍の勝利となりました。(砲撃中の佐賀藩砲兵隊)

 

長州兵が扱いに困ったスナイダー銃を手に(シカゴの近所の)戦いに想いを馳せるのも一興かもしれませんね。 次回もスナイダーですお楽しみに〜(イヤしかしヤッパリ・・・少々いじくりゃ撃ち方分るだろう・・・)

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大阪在庫の「スナイダー・エンフィールド MKII** 3 バンド 歩兵銃 (#無)」はこちら

佐賀藩(もしくは佐土原藩)装備の連発銃ってスペンサーとかだったんでしょうか?スペンサー レバー・アクションはこちら

 

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2017.11.11 Saturday

大阪ホビーフェスへ行ってきました!

皆様こんばんはナベです、先日の文化の日ちょうどご近所(ナベの住処から徒歩10分くらい)で第2回大阪ホビーフェスが開催されていたので行って参りました。 こちらが会場のマイドームおおさか(シカゴ大阪店からも10分くらい)。

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いきなり1/35の九六式25mm三連装機銃ですメカメカしてて心惹かれます。 スクラッチして反町兵曹や中村兵曹を 並べてみたいものです(1/1の九六式25mm三連装機銃から発射された25mm弾の薬莢オブジェはこちら)。

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大和と武蔵です両艦とも坊ノ岬沖とレイテ沖の最終仕様です。 ライトグレー塗装の武蔵が新鮮ですね(乗組員には死装束みたいで不吉だ!と言われたり、また実際の海戦時には目立ってしまい米軍の集中攻撃を受けたという話も・・・)。

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こういうセンス好きです

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海上自衛隊の新型くうb・・・ゲフンゲフン、もといヘリコプター搭載護衛艦「かが」の模型も展示されていました。 着艦用のワイヤー張って零戦や九九艦爆や九七艦攻を載せてみたいですねゴホンゴホン!失礼。

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イギリスの傑作戦車センチュリオンA41戦車もモデル化、17ポンド砲がカッコイイですね。 それと→の副武装のベサ重機関銃はご存知の通りチェコスロバキアのVz.37重機関銃の英国仕様です(Vz.37重機関銃はこちら)。 それにしても後ろの「考える人」が気になる・・・。

 

タミヤさんの新製品アーチャー対戦車自走砲も発表!小柄なバレンタイン戦車に無理やりデッカイ17ポンド砲を積んだ為に大砲の向きが後ろ向きになってしまった変な・・・ではなくユニークな戦車です、個人的にこういう戦車好きです(会場で先行販売してたアーチャーは既に売り切れ、無念)

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最近までシカゴの銃が紹介されていた「ARMS FOR MODELERS」を掲載のアーマーモデリング誌も並んでました。 右下端の戦艦ドレットノートの本も気になる。

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ファインモールドさんのブースでは八九式中戦車が・・・これも欲しい!
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外人部隊さんが好きな宇宙戦争もありました(ナベ昔のエピソード4.5.6くらいしか把握してないのですが、Xウイングやストームトルーパーなど基本は変わりませんね)。

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ハイハイ、ストームトルーパーが使ってるブラスターガンね、知ってるよ〜元はスターリング短機関銃でしょ・・・アレ?ブラスターガンってこんなストックだったけ?調べてみると昔のブラスターガンは「Imperial E11 Blaster」らしく新作のスターウォーズのブラスターガンは「First Order E11D Blaster」とリファインされているようです・・・(へぇ〜)。

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しかしストックつけてスコープつけていろいろリファインしてもフロント・サイト・ガードなどにスターリングの面影が見て取れますね(機動歩兵の主力ライフルの「元」スターリング短機関銃はこちら)。

 

これ紙製か〜スゴイな〜他にもガンダムや鉄道模型、ラジコン等々盛りだくさんでした。 また来年も行こう〜エッ!来年のホビーフェスは大阪南港のインテックス大阪3号館に変更!どうしよう・・・。

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旧日本海軍九六式二十五粍高角機銃弾薬莢を加工したオブジェはこちら

 

Vz.37 重機関銃(35含む)はこちら

 

スターリング短機関銃はこちら

 

 

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二十二年式村田歩兵銃(50万円、税別)


2017.11.08 Wednesday

第10師団創立55周年記念行事後編

皆様こんばんは、爽やかな秋ですね〜目方が増えそうナベです。

 

本日は第10師団創立55周年記念行事後編でございます。 玄関から入って1階右側が資料室として公開されていて左の部屋が前回の旧軍のお部屋、右側の部屋が今回の自衛隊の歩みコーナーです。

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名古屋名物「きんしゃち」です。そのまま名古屋市に師団司令部を置く陸上自衛隊第10師団(3個普通化連隊を基幹とする自動車化歩兵師団)のシンボルマークとなっています。 ですので10師団の愛称は「金鯱師団(きんこしだん)」、陸自には各地に師団や旅団などがありますがニックネームの付いた師団などは少ないようです(他には第1=頭号師団、第2=北鎮師団、第8=鎮西師団など)。

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シカゴでもお馴染み?な品も品数豊富ダミーカートも含む50口径アクセサリーはこちら

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64、89イイデスネ。気分だけでも・・・308NATO弾のダミーカートはこちら 、5.56mm(.223)ダミーカートはこちら

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核・・・ではなく現金自動預け払い機・・・でもない64式対戦車誘導弾も展示してありました。 ジョイスティックによる有線誘導式で現在では定年退職した装備品です。 対抗馬?東側対戦車ロケットの代名詞R〜P〜G!はこちら

 

師団旅団等のパッチです今風のロービジもカッコイイですが、こう原色が溢れかえっているパッチって華やかですね〜。 シカゴのパッチ、パッチ付商品はこちら

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アメリカ陸軍第7歩兵師団(大戦中はアリューシャン列島、レイテ、沖縄で日本軍と交戦) 師団長トーマス・S・ジェームス少将(今も師団長をされているようです)から送られた記念のガーランド用M1銃剣も展示してありました、合同軍事演習の際にでも頂いたのでしょうか?新旧アメリカ軍銃剣はこちら

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前回、銃の展示室に入れなかったので今回は!と思ったのですが今回も無情に立入禁止・・・傍らに立つ自衛官の方にダメもとで「資料室見れませんよね〜」と聞くも元気な声で「見れません!」とのこと・・・デスヨネ〜。 しかし!いつか、いつかは今一度見てみたいものです、それでは。

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50口径アクセサリーはこちら

 

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2017.11.05 Sunday

第10師団創立55周年記念行事中編

皆様こんばんは突然秋が深まって参りましたね〜ナベです。

 

本日は前回に引き続きまして第10師団創立55周年記念行事中編でございます。 グランドで行われている装備品展示を見終わった後、正門横にある旧軍時代の連隊本部へ・・・。

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玄関から入って1階右側が資料室として公開されています(2階と1階左側は立ち入り禁止になっています)。 1階右側の左の部屋が旧軍コーナーになっています(前は結構空いていましたが今日は結構人が多い)。

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まずは通信機群です、真ん中奥の銀色の受話器が載っている機器は九二式野戦電話機でしょうか?今のスマホや携帯だったら持ち運びが楽だったでしょうね、イヤ有線式の方が傍受されないからいいのか?

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日中戦争時の歩兵第六連隊第九中隊宛の部隊感状(賞状)も展示してありました、字が一杯ですね。 送り主は岡村寧次中将(終戦時の支那派遣軍総司令官、戦後台湾への日本人軍事顧問団「白団」にも関与)です。 名前の下の花押がオシャレ。

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画像が見難くくて申し訳ありません。日本陸軍の戦闘帽(略帽)です。 シカゴにも程度の宜しい戦闘帽がございます(シカゴの戦闘帽はこちら)。

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戦死された方の遺品も展示されていました。太平洋戦争での将校戦死第1号と言われる写真の中村中佐、1941年12月8日未明に大隊を率いてマレー半島のコタバルに強襲上陸した際に英軍の攻撃により戦死されたそうです(無念だったでしょうね・・・)。

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金鵄勲章多数です七宝や鍍金が美しいですね(美品のシカゴ在庫の金鵄勲章はこちら)。 下の段には従軍記章類が並べられています(日清戦争、満州事変、日中戦争、ノモンハン事件の従軍記章はこちら)。

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軍刀や指揮刀類もありました、一番下は海軍の儀礼長剣のようです。 シカゴの軍刀関連商品はこちら

 

尉官用の隊長徽章と佐官用の隊長徽章です。 将官用の隊長徽章は佐官用とデザインは同じですが一回り大きな徽章だそうです。 う〜ん一個欲しいな・・・。

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これは欲しいけど欲しくない傷痍軍人徽章です(画像が見難くくて申し訳ありません)。 甲乙の2種類があり、あの山本五十六提督が傷痍軍人記章の第一号受勲者だったそうです。

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北白川妃殿下の下賜品の魚を模った楊枝入れも(さすがにシカゴでも皇室関連商品は無いだろう・・・と思ったらありました御紋章が恐れ多い昭和大礼のボンボニエールはこちら

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因みに白川宮永久殿下は砲兵少佐として1940年中国張家口で演習中、航空機事故に巻き込まれ30歳の若さで薨去されたそうです。 かなりお洒落な方だったとか。

 

恩賜の軍刀も・・・陸軍大学校や海軍大学校で成績の良かった上位数名が授与されたそうです。 う〜ん�綺の部分いいですね(この部分の文字は恩賜ではなく御賜)。

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ボケボケで申し訳ありません、サビサビの三年式重機?もありました(シカゴ在庫の三年式重機はこちら)。

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重機の上にはなんと陸軍武功徽章が!武功を上げて貰える勲章には上記の金鵄勲章がありましたが、金鵄勲章は基本戦争が終わった後に授与され(戦死の際は戦時中でも叙勲)るものでしたので、戦時中でも功績をあげた軍人にも勲章をあげて戦意高揚したい!ということで大戦末期に制定されたそうです(ドイツの鉄十字勲章の影響を受けたとか)。 大戦末期だったということもあり実際授与された方はかなり少数のだったようですイイナ・・・。 それでは次回は後編で!ではごきげんよう〜。

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末期品ですが程度良し!の戦闘帽はこちら

 

美品の金鵄勲章はこちら

 

日清戦争後の各種従軍記章はこちら

 

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ハイソですね昭和大礼のボンボニエールはこちら

 

三脚付き三年式重機はこちら

 

本日のワンポイント情報!!

買取りで、M1 カービン が東京店に入荷致しました。HPとDetailed Photos(詳細画像) は近日中にアップする予定です。 価格は現時点ではまだ決まっていません、何卒ご了承くださいませ。

 


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