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国内唯一の無可動実銃と古式銃の専門店。
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2018.02.06 Tuesday

オーストリアの19世紀軍用小銃 (Austrian Military Rifles of the 19th Century)

まいど!  私が最も興味ある銃砲史の分野は何と言っても19世紀!  そんな時代を語り出したら止まらないシカゴ社長でございます!!

19世紀…、1800年初頭はフリントロック(前装火打石式)を使用した前々世紀的な撃発機構が1800年代末になるとガス圧を利用した機関銃へと移り変わる現代並みに技術の進歩が速かった百年です。

今日は神聖ローマ帝国の末裔「オーストリア=ハンガリー帝国」の19世紀の小銃についてまとめてみました。

 

オーストリア軍=ハンガリー帝国は他の列強と同様に19世紀の前半は前装火打石打式から、その撃発機構を発展させた前装管打式の小銃を使用していました。1867年に前装式のローレンツ 小銃を後装式に改造したウェンツェル・コンバージョンを臨時で採用しましたが、それと同時に全く新しい構造の後装式であるェルンドル・システムの小銃を採用しました。1880年代にはステアー社のクロパチェックが設計したチューブ弾倉式を用いる連発銃を検討しましたが、弾倉を含む機能が斬新的ものではなく制式採用には至りませんでした。1886年にはオーストリア独自の機能を持つマンリッカー M1886 歩兵銃が制式となり、その発展型で第二次世界大戦終結まで主力小銃となったM1895 小銃とその派生型を約350万丁も生産しました。そのような意味でも19世紀後半にオーストリアで開発された二種類の小銃がオーストリア軍の主力火器を一世紀近く支えてきたことになります。またオーストリアでは一民間会社が軍の需要を一手に請け負い結果的に国内有数の巨大コンツェルンにまで成長し現在に至っています。

 

 

【ローレンツ M1842 騎兵銃】

前装火打石式を管打式に改造した小銃の騎兵モデルです。 オーストリア軍は1866年まで何種類かのローレンツ前装式小銃を使用していましたが、その多くが後装式に改造されて現在では前装式のままで残っている品が少なく、情報も限られています。 また現存個体の多くは南北戦争で使用された後、オリジナルの状態でアメリカに残った品で「南北戦争でのローレンツ前装式小銃」としての情報に限定されてしまいます。 本品もオーストリア⇒アメリカ⇒日本(幕末)と旅してきた一品です。

ローレンツ M1842 騎兵(登録証付古式銃)【3509】¥540,000(税込)こちら

 

【ウェンツェル M1862/67 歩兵銃】

オーストリア軍は1866年に勃発し「7週間(で終結した)戦争」と言われた普澳戦争でドライゼ 小銃を使用したプロイセン王国軍に惨敗し、前装式を後装式に改造する事が急務となりました。ウェンツェル・コンバージョンはウィーンのガンスミスであったウェンツェルが当時の制式小銃であった前装式のローレンツ 小銃を後装式に改造するシステムを開発し1867年に採用されました。ウェンツェル・コンバージョンを用いてオーストリア軍にあったローレンツ 小銃の多く(約7万挺)が後装式に改造されました。弾薬は新しく制式となった14×33mm Wanzl rimfireでオーストリア全軍にM1867 ヴェルンドル 小銃が行き渡るまで使用されました。

ブリーチ・ブロックが前部のヒンジを軸に上方に開く一種のトラップ・ドア方式となっており、ハンマーと連動したピンがハンマーをリリースした際に銃身と同じ軸方向に前進しブリーチ・ブロック後部をロックする仕組みになっています。他のトラップ・ドア系との大きな違いはレシーバー左側面についた強力なV字バネによってブリーチ・ブロックが閉じられいることです。ブリーチ・ブロックの右後方に「beavertail」と呼ばれるビーバーの尾っぽのような取っ手を強く引き上げることによって、90°ブリーチ・ブロックが持ち上がった状態(ブリーチ・ブロックが垂直に立った状態)から更に前方に倒れる時は持ち上げる時に負荷が掛かった分、反対に勢いが付いて前に倒れて素早くブリーチ・ブロックを全開/固定させられる利点がありました。このバネの仕組みはウェンツェル独自のものです。

ウェンツェル M1862/67 歩兵銃(無可動古式銃)【5263】¥432,000(税込)はこちら

 

 

ェルンドル M1867 歩兵銃】

前装式のローレンツ 小銃から、それを後装式にコンバートしたウェルツェル小銃を採用したと同時に、新しくオーストリア軍に制式採用された主力小銃です。ヴェルンドル小銃の特徴であるドラム式ブリーチは後部が大きく開くシンプルな構造にも拘らず、非常に堅牢であり腔圧によってブリーチが吹き飛ぶ心配もない優れた構造でした。またドラム式ブリーチを回転させて開く際にエキストラクターが、これも非常にシンプルな構造によって連動しスムーズに排莢する事が可能でした。撃発機構は前装式小銃と同じバック・ロックのサイド・ロック システムを用いていました。M1867 歩兵銃だけでも1867年から1874年の間にOEWG社が独占で約60万丁製造しました。

その後M1867、M1867/77、M1873、M1877の改良派生型があり、各々歩兵銃モデルに加え全長が異なるバリエーションがあります。銃身が僅かに短くトリガー・ガードに指掛けが付いた猟兵銃、乗馬部隊用に短い銃身を備えた騎兵銃などがその代表的なものです。 

M1873はOEWG社のAntonin Spitalskyによってハンマーの位置がサイドロックからセンター・ハンマーに改良されました。M1873 小銃はOEWG社で1873年から1878年の間に約30万丁製造されました。 それ以降改良が繰り返されM1877を最後に単発式の時代は終わりました。 オーストリア軍はチューブ・マガジンを持つ連発銃であるクロパチェック M1881 小銃を一部使用しただけに留まり、マンリッカー M1888 小銃の本格的な採用をもってオーストリア軍の正式小銃の歴史がヴェルンドルからマンリカーの時代に引き継がれました。1877年に軍部はM1867が使用した11x42mmRと口径は同じですが、全長が14mm長くボトル・ネック型のScharfe Ptrone M77弾(11.15x58mmR弾)を制式弾とし、それに合わせヴェルンドル M1867 小銃もリチャンバーされました。それに伴いリア・サイトに伸縮式のラダー・サイトを取り付け200-1,400の射程を200-2,100にまでに伸ばしました。リチャンバーされた品はM1867/77 小銃となり、新しく11.15x58mmR弾用として製造されたモデルはM1877 小銃となりました。M1877 小銃は1878年から1885年の間に歩兵銃が約30万丁、騎兵銃が約1万丁OEWG社だけで製造されました。 

ェルンドル M1867 歩兵銃(無可動古式銃)【4514】¥270,000(税込)はこちら

 

 

ステアー M1886 クロパチェック 歩兵銃】

オーストリアの銃器設計者アルフレッド・フォン・クロパチェックがウィンチェスター社のチューブ式弾倉をボルト・アクションに取り入れステアー社で製造された軍用銃です。軍用ボルト・アクション ライフルにチューブ式弾倉を取り入れたのはスイスのベテェーリ 小銃、ドイツのモーゼル M1871/84 小銃や日本の二十二年式村田銃などがあります。使用弾薬は当時開発されて間もない8mmの小口径弾薬(黒色火薬)を使用しました。新しく開発された小口径弾薬は、従来型の弾薬に比べて初速や射程、貫通力に優れ、大口径と殺傷力は変わらないという利点が有りました。クロパチェックのシステムは黒色火薬用に設計されたのにも拘らず、強力な無煙火薬にも対応できる強度がありました。しかしながらクロパチェックが設計した一連の連発銃は一部がオーストリア軍に採用されましたが、主力小銃にはなりませんでした。

ステアー M1886 クロパチェック 歩兵銃はステアー社で製造され、ポルトガル軍で制式採用された口径8mm(8x60mmR弾)の小銃です。

ステアー M1886 クロパチェック 歩兵銃(無可動銃)4511¥432,000(税込)はこちら

 

【ステアー・マンリッカー M1888歩兵銃】

1886年に正式となったマンリッカー M1886 歩兵銃は軍用銃としては世界初のストレート・プルのボルト・アクション ライフルです。マンリッカー ライフルの発明者として有名なフェルディナント・マンリッヒャーの設計で、1884年にストレート・プル・アクションを開発し、翌1885年には固定式の弾倉に5発装着したクリップごとレシーバー上部から挿入し、最終弾が薬室に送り込まれると同時に空になったクリップが弾倉底部から自動的に排出されるシステムを開発しました。この二つの新しい機構を備えた新型のM1886 歩兵銃は量産が始まってすぐに、使用する口径11mm(11x58mmR弾)が旧式になりつつあることを知ることとなりました。1888年に8mm口径の8×52mmR Mannlicher弾を使用するマンリッカー M1888 歩兵銃が制式小銃となりました。1888年から1896年までの間に約110万挺も生産されました。M1886 歩兵銃とM1888 歩兵銃の相違点は口径の他に新型弾薬を使用するため1,800-2,500mmの射程を持つロング・レンジ・サイトがリア・サイトの右側面に追加され、ハンド・ガードを留めるセンター・バンドの右側面にも突起を付けてロング・レンジ用のフロントサイトの役目を持たせました。1886年と1887年にすでに約1万挺のマンリッカー M1886 歩兵銃が生産されており、その約95%が8×52mmR弾を使用できるように改造され、マンリッカー M1886/88歩兵銃として第一次大戦まで使用され続けられました。M1888 歩兵銃はその後、1890年に更に新しい8×50mmR Mannlicher弾を使用する M1888/90となり、更に通常の装弾子(ストリッパー・クリップ)を使用するM1888/24と改良が続けられました。

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ステアー・マンリッカー M1888 歩兵銃【参考品】

 

 

ステアー・マンリッカー M1895 歩兵銃】

第一大戦でのオーストリア=ハンガリー帝国陸軍の主力ライフルでマンリッヒャーによって設計されたM1886から始まるM1890までの制式小銃を基に改良し完成させた品です。1895年から製造が始まりオーストリア帝国ではステアー社がハンガリー王国ではブダペストのF.G.G.Y.社の合計350万挺以上が製造されました。M95はオーストリアの伝統的なストレート・プル ボルト アクション方式を使用し高い発射速度があり、その上に強力な8x56R マンリッカー弾の使用可能な丈夫な機関部に対する信頼性と相まって大成功しました。オーストリア軍はM95小銃をマイナーチェンジしつつ、第二次大戦まで主力小銃として使用しました。

ステアー・マンリッカー M1895 歩兵銃 カット・モデル(無可動銃)【4019】¥162,000(税込)はこちら

 

 

現代でもSteyr AUGという独自のブルパップ ライフルを開発/製造しているステアー社の歴史は、この19世紀後半に確立されました。オーストリア=ハンガリー帝国亡き後も、世界に名だたる銃器メーカーとして生き延びたステアー社の経緯にも触れて、銃器製造業がオーストリアの主要産業の一つになった事情について見てみましょう。

 

ステアー社の始まりはヴェルンドル・ホーラブ 小銃がオーストリア軍の制式小銃となったことが始まりです。ヴェルンドル・ホーラブ 小銃はステアー生まれのヨーゼフ・ヴェルンドル(1831年–1889年) とカレル・ホーラブ(1830年–1903年) の共同設計でしたが、後にヴェルンドルが全ての権利を買取って、ヴェルンドルが経営するステアー社" Osterreichische Waffenfabriks-Gesellschaft " (OEWG、オーストリアン武器製造会社)で独占的に製造/販売しました。その為ヴェルンドル・ホーラブ 小銃は単にヴェルンドル 小銃と呼べれました。

 

元々ステアーの街はオーストリアのErzberg炭鉱から伸びる「鉄の道」に位置し兵器の生産が盛んな地域でした。三十年戦争の際には多くの小火器を生産しました。そこで鍛冶屋をしていたジョゼフの父のレオパルド・ヴェルンドル(1797-1855年)が1821年より銃の部品を作り始めました。父の他界後に25歳のジョゼフが家督を継ぎ、1864年にJosef und Franz Werndl & Co.社を設立しました。 ヨーゼフ・ヴェルンドルは1867年のヴェルンドル・ホーラブ 小銃の開発の後、ヴェルンドル・ホーラブ 小銃の権利を独占し、1869年には会社を株式化(AG)するなどビジネス・センスに長けていました。更なる転機は1880年にCEWG社のエンジニアであったフェルディナント・マンリッヒャーの発明したパテントを使用した小銃がまたもオーストリア軍の主力小銃となった事でヨーロッパで最も大きな銃器製造会社と言われるまでに発展しました。1889年にOEWG社の創業者ジョセフ・ヴェルンドルが亡くなると共同経営者であったマンリッヒャーが経営権を得てSteyr-Mannlicher となりました。その後マンリカーのパテントを改良したM1895がオーストリア=ハンガリー帝国やブルガリア王国を始めバルカン半島諸国で採用され、約350万丁も生産されました。 

銃器産業で栄えた都市の一鉄砲鍛冶が約130万丁とも言われるオーストリア帝国主力小銃を独占的製造の利権をウェルンドル 小銃一丁のシンプルなドラム式ブリーチのパテントによって得られ、その後のマンリカー・パテントが膨大な利益をもたらした事は非常に興味深い事実です。

 

このブログの改訂版が来週発送予定のGazette Vol.15に「オーストリアの19世紀の後装式小銃 (Austrian Breech-Loading Rifles of the 19th Century)」として掲載されます。

 

本日のツーポイント情報!!

買取りで、 ブレン MkI M 軽機関銃 が東京店に入荷致しました。 ご予約をいただいているお客様にご案内の予定ですが、キャンセル待ちもお受けしておりますのでお気軽にお問い合わせください。 HPとDetailed Photos(詳細画像)は本日アップしております。

ブレン MkI M 軽機関銃(15万円、税別)はこちら

 

東京上野本店 営業時間変更のお知らせ

いつも当店をご利用いただきありがとうございます。 誠に勝手ではございますが、平成30年2月1日より東京上野本店の営業時間を12:00〜19:30とさせていただいております。 お客様にはご不便をおかけしますが、何卒ご理解のほどお願い申しあげます。
なお、大阪店(TEL: 06-6223-9070)の営業時間は変更ございません。
これまで通り20:00まで営業いたします。


2017.12.30 Saturday

スペンサー 連発銃(Spencer Repeating Rifle)

スペンサー 連発銃

スペンサー 連発銃(Spencer Repeating Rifle)はクリストファー・スペンサー(Christopher Miner Spencer、1833年6月20日-1922年1月14日)が開発した後装内火式の7連発レバー・アクション ライフルです。 南北戦争中に登場した小火器の中で最も新しい技術と性能を兼ね備えた米国戦史に名を残す名銃で、1860年から1869年の間に生産されました。 クリストファー・スペンサーは元コルト社の社員で、そこで銃器の設計技術を学び、26歳の若さでスペンサー連発機構のパテントを取得しています。 

 

レバーを下方に引くことによってブリーチが下がり、バット・ストック内の管状弾倉(Tube Magazine)から弾丸を薬室に送り込むと同時に空薬莢を上部から排莢します。 当時スペンサー銃に対抗できる連発銃はヘンリー ライフルのみでしたが、ヘンリー弾は.44RFという拳銃弾程度の威力しかなく、軍用としてのストッピング・パワーではスペンサーがヘンリーに勝っていました。 しかしながらスペンサーが7連発に対し13連発という装弾数の多さと、同じレバー操作式でありながらハンマーも同時に起すことのできるヘンリー ライフルの方に性能的には軍配があがりました。 スペンサー銃はレバー操作とは別に旧式小銃と同じサイド・ロックの側面に付いたハンマーを親指で起す必要がありました。

スペンサー M1865 騎兵銃 (登録証付古式銃、#L06832)【3872】のレバーを引いてブリーチ・ブロックが下がった状態の機関部

 

スペンサー M1865 騎兵銃 (登録証付古式銃、#L06832)【3872】のバット・ストック内の管状弾倉(Tube Magazine)

 

スペンサー M1860 連発銃

スペンサー銃の最初のモデルはM1860で南北戦争(1861年-1865年)において主に北軍によって使用されました。 M1860 歩兵銃は騎兵銃に先駆けて1862年のSharpsburgの戦いで初めて支給されました。 なおM1860 騎兵銃の銃身長は22インチで、歩兵銃は30インチでした。


スペンサー M1860 騎兵銃 (無可動古式銃 #34438)【4554】本商品HPへのリンクはこちら

 

スペンサー(Spencer)弾

弾薬は.52口径のスペンサー銃用に1860年に開発された.56-56in. Spencer弾で、一般的にはスペンサー専用のイメージがありますが、バラード 騎兵銃(Ballard Carbine)やジョスリン 騎兵銃(Joslyn Carbine)も同じ弾薬を使用しました。 この当時の弾薬表示方法は現在とは異なり、.56-56in.の前の数字は薬莢後部(リムの直前部分)直径値である.56インチ(14.2 mm)、後の数字は薬莢前部直径値である.56インチ(14.2 mm)を示していました。 弾丸直径は.52インチの.52口径で、薬莢の長さは.875インチ(22.2 mm)でしたが、後に.50口径の.56-52in.または .56-50in. (この二つの弾薬は互換性あり)に変更されました。 上記の弾薬表示から.56-52in.と.56-50in.は薬莢前部と後部の径が異なる僅かにテーパーのある薬莢となっていました。

スペンサー 弾 切り抜き.jpg

スペンサー .56-56in. Spencer弾

 

これらの三種のスペンサー弾は南北戦争の主要小銃であった.58インチ施条前装小銃(Rifled musket)とほぼ同じ威力がありましたが、1866年に米軍標準軍用小銃弾となったスプリングフィールド トラップ・ドア ライフル用の.50-70 Government弾(Springfield M1866用)やその後の.45-70 Government弾(Springfield M1873用)に比べ威力が少なかった事が、南北戦争後スペンサー銃が軍用として使用されなかった原因の一つでした。 反対にスペンサー銃とよく比較されるシャープス銃が単発ながら口径を変更しつつ米軍用として残ったのは強力な弾薬を使用できるように改造できたからだと言われています。 軍内における南北戦争中の最も大きな課題の一つは弾薬の供給で、特定の弾薬しか使用できない金属薬莢弾は大きなマイナス点になっていました。 戦地でも装薬があり弾頭を鋳造すれば使用できる前装式銃の方が弾薬の供給の問題もありませんでした。 シャープス銃は技術的には金属薬莢式に簡単に改造出来たにも拘らず、すでに支給された挺数が多く南北戦争中はリネン薬莢を使用した管打式のまま使用しました。

 

Blakeslee Cartridge Box

スペンサー銃を装備した兵はBlakeslee Cartridge Boxと呼ばれる弾薬入れに7発の予備弾を収納した弾薬筒を6本から13本入れて携行していました。この予備の弾薬筒に納まった42発から91発の弾薬を全て消費するには10分とかからないものでした。 南北戦争中の最大の激戦地Gettysburgの戦いで当時北軍騎兵旅団司令官であったカスター将軍率いる第5ミシガン騎兵隊からスペンサー銃を捕獲した南軍の兵士が「load in the morning and fire all day(スペンサー 連発銃は)朝装弾したら一日中射撃する」と言った言葉が後世に伝わるほど、当時は装弾に時間を必要としない連発銃のイメージがありました。

Blakeslee Cartridge Box

 

南北戦争中だけでも10万挺以上のスペンサー銃が製造され、戦後も生産が続けられましたが、合衆国政府からの注文が途絶えた上に戦後の余剰火器が民間に溢れたため1868年にスペンサー社(Spencer Repeating Rifle Company)は倒産しました。 1869年にはスペンサー社の資産はウィンチェスター社のオリバー・ウィンチェスター(Oliver Fisher Winchester、サムエル・ウィンチェスターの息子)に20万ドルで売却されました。 戦後多くのスペンサー銃は退役軍人に払い下げられて米国西部で使用され、1920年頃までスペンサー弾は製造が続けられました。 また合衆国政府造兵廠が戦後保管したスペンサー銃の多くは1870年に勃発した普仏戦争(プロシア-フランス戦争)や南米のパラグアイに対してアルゼンチン・ブラジル・ウルグアイの三国同盟軍との間で行なわれた南米史上最も大きな三国同盟戦争(1864年-1870年)時にブラジルに輸出され相当数が使用されました。 日本でも幕末に薩摩藩を始め佐賀藩や黒羽藩が輸入して戊申戦争(1868年-69年)において使用しました。 日本はフランス、ブラジルに次いで大量にスペンサー銃を使用した国です。(日本におけるスペンサー銃は下記を参考) 

 

戦後軍用銃として採用されなかった大きな要因としては、スペンサー弾が軍用として威力が弱かった事考えられますが、他に当時の標準的な前装銃と比べ10倍近い発射速度が「兵による弾薬の無駄使い」と弾薬の補給の問題が軍首脳部において問題視されたのが原因とも言われています。 南北戦争開戦時にはすでにスペンサー銃は開発されていましたが、新型弾を大量に消費する新参であるスペンサー社の小銃を採用することは、当時の合衆国陸軍首脳部には抵抗がありました。 ヘンリー ライフルやウィンチェスター社のイエローボーイが軍用として採用されなかったのも弾薬の威力を含め同じ理由と言われています。 1863年当時30歳であったクリストファー・スペンサーがエイブラハム・リンカーン大統領に直談判を行い、大統領を始め陸軍省長官たちの前で試射会をしてリンカーン大統領からの直々の採用命令を得るという荒業を行いました。 リンカーン大統領亡き後(1865年暗殺)の南北戦争後の制式軍用銃の採用には多くの軍関係者とコネクションを持つスプリングフィールド国営造兵廠製の強力な軍用小銃弾が使用できる単発のトラップ・ドア小銃が採用されたのは自然の成り行きだったでしょう。 

 

 

スペンサー M1865 連発銃

スプリングフィールド国営造兵廠でテストが一年近く行われた結果、1864年秋に陸軍軍需局(Army Ordnance Department)は合衆国騎兵銃の制式弾薬の統一を決定しました。 新型騎兵銃用の弾薬はスプリングフィールド .50口径騎兵銃弾(.56-50 Spencer弾)で、1864年5月24日に陸軍軍部がSpencer社に発注した分から新しい口径に変更するように要請されました。 それ以降、新規で.50口径騎兵銃弾を使用するモデルは「M1865」として新しいモデルとなり、銃身後部上方にモデル名を意味する「1865」の刻印が打たれています。 M1865は他にリアサイトの形状にも変更があり、M1860はリアサイトのラダー上部が大きくV字型に切れ込みがあるのに対し、M1865モデルはラダー上部が丸く仕上げられて、その中央に小さくV字型ノッチが入っています。 M1865にはStabler Magazine Cut-offと言う「マガジン(弾倉)からの給弾を止め、ブリーチを開いた状態から単発で弾を装填できる機能」を追加した改良モデルもあります。 また銃身長がM1860は22インチであったのが、M1865は20インチと5cmほど短くなっているのが外見的な相違です。


スペンサー M1865 騎兵銃 (登録証付古式銃 #L06832)【3872】本商品HPへのリンクはこちら

スペンサー M1865 歩兵銃 (無可動古式銃 #91564)【4308】本商品のHPへのリンクはこちら

 

スペンサー M1867 連発銃

1866年秋にSpencer社の社員であったThomas W. Laneによって新しいエキストラクターのシステムが考案されました。 そのシステムは精密な回転する装置(Rotating Device)が空薬莢の下部に突き刺さり薬室から抜き取る方法でしたが、それを取り付けるにはあまりにもコストがかかり過ぎ、すでに高価な商品であったスペンサー銃をより高価かつ複雑なものになるため実用化はされませんでした。 Laneの考案したエキストラクターは現存していませんが、パテントを取得した際の図案は残されています。 その後Laneはこのパテントについての全ての権利をスペンサー社に譲りました。 その後Laneのシステムを簡略化し、既存のブリーチ・ブロックに簡単に取り付けられる別のエキストラクターがスペンサー社で開発されました。 Laneのオリジナルのシステムに比べるとかなり簡素で構造も異なりますが、爪が空薬莢の下部に突き刺さり薬室から抜き取るアイデアはそのまま活かされて多くのM1867に装備されました。 現在ではこの簡易新型のエキストラクターもLane エキストラクターと呼んでいます。 M1867 騎兵銃は約12,000挺が、M1867 歩兵銃は僅か約1,000挺のみ1867年に生産されました。(スペンサー銃のエキストラクター・バリエーションは下記を参考)
 


スペンサー M1867 歩兵銃 (登録証付古式銃 #94608)【3969】本商品HPへのリンクはこちら

 

スペンサー New Model 連発銃

1868年にブリーチ・ブロックに付けられた短いナイフ型のエキストラクターの形状が変わり、エキストラクターの隠れた部分に小さな内部バネが付いてエキストラクターを常に前方に押す機能が追加されました。 この改良が加えられたモデルには「New Model」を意味する「N.M.」の刻印が銃身後部上方に打たれています。 外見的な変更がないこのモデルにわざわざ「New Model」の名称を冠したのは、1868年の時点でスペンサー銃が旧式なイメージになるのを払拭する意味合いが強くありました。 スペンサー社の記録がないため正確な「New Model」の生産数は判りませんが、現存する品のシリアル No.(103,000-109,000)から1868年に騎兵銃が約5,000挺、歩兵銃が約1,000挺生産されたと考えられています。 使用弾薬は.56-50 Spencer弾、または.56-52 Spencer弾です。

 

スペンサー New Model 歩兵銃 (海軍用、無可動古式銃 #L07756)【4363】本商品HPへのリンクはこちら

 

南北戦争中にはバーンサイド(burnside)社が3条ライフリング(スペンサー社製は6条ライフリング)M1863モデルのスペンサー 騎兵銃をライセンス生産しており、1869年にスペンサー社の資産を引き継いだウィンチェスター社でも生産が行われたと言われています。 スペンサー社製の歩兵銃は銃身を留めるバンドが3個ありましたが、バーンサイド社製のスペンサー 騎兵銃をスプリングフィールド造兵廠で歩兵銃に改造したモデルは、ハンドガードを留めるバンドが2個になっています。 

 

1867年初頭に「Kirk and Sneiders Loading Tube」と呼ばれる「マガジン(弾倉)を完全に引き抜かずに、途中で止めた状態でマガジン内に給弾する機能」なども考案されましたが、正式にはスペンサー銃には装備されませんでした。

 

歩兵銃は着剣装置の有無で海軍用と陸軍用に分かれます。 海軍用は銃身の下(フロント・サイトの反対側)に着剣装置が付いてヤタガン式銃剣を装着するようになっています。 陸軍用は南北戦争当時の主力小銃のM1855やM1861と共用のスパイク銃剣を装着するため追加の着剣装置の必要はありませんでした。 

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スペンサー New Model 歩兵銃 海軍用

ヤタガン式銃剣用の着剣装置が銃身下に付いています。 

 

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スペンサー New Model 歩兵銃 陸軍用

着剣装置が無く銃身を包み込むソケット型の着剣装置が銃剣側に付いています。 銃身長は同じですが海軍用よりストック前部が4cmほど長くなっています。 

 

元込め七連発銃

日本には幕末に佐賀藩によって約8,000挺が輸入されたのが最初です。 戊辰戦争(慶応4年/明治元年[1868年]〜明治2年[1869年])等で使用されました。 大河ドラマ【八重の桜】で主人公の「新島八重(新島襄の妻)」がスペンサー銃を使用して会津若松城(鶴ヶ城)籠城戦で奮戦する場面が多くあります。 実際は会津藩にはスペンサー銃はその一挺しかなく、攻撃をした新政府軍(薩摩軍)に多くのスペンサー銃が支給されていました。 当時日本国内でもスペンサー銃は最新兵器で「元込め七連発銃」と呼ばれて恐れられました。

 

スペンサー銃には多くの試作品は存在しましたが、基本構造には大きな変化はなく量産品のバリエーションは多くありませんでした。 極初期の連発銃であったため完成形ではなく、いくつかの問題点がありました。 その中の最も大きな問題点であった排莢時に起こる不具合は中々解決されませんでした。 M1860で使用された長いナイフの刃のようなエキストラクター(Long Blade Extractor)から、最終モデルであるM1867で使用されたLane パテント・エキストラクター(Lane Patent Extractor)まで試行錯誤された様子がエキストラクターの変化で伺われます。 非常に小さい事ではありますが、今回は弊社在庫品で5種類のエキストラクターのバリエーションが見つかったのでまとめてみました。

 

スペンサー銃のエキストラクター・バリエーション

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スペンサー M1860 騎兵銃 (無可動古式銃、#2434)【4556】

M1860 Original Long Blade エキストラクター

 

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スペンサー New Model 騎兵銃 (#L06832) 【3872】

New Model Original Short Blade エキストラクター

 

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スペンサー M1865 騎兵銃 (無可動古式銃、#21749)【4552】 

M1865 Stabler Spring-assisted エキストラクター

 

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スペンサー M1865 騎兵銃 (銃身NW刻印、無可動古式銃、#)

M1865 Stabler Spring-assisted エキストラクター (Modified)

 

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スペンサー M1867 歩兵銃 (登録証付古式銃、#94608)【3989】

M1867 Lane パテント エキストラクター

 

日本国内ではスペンサー銃と言えば「元込め七連発銃」しか思い浮かばないのが現状で、その研究は全く行われていません。 国内に現存品が少ないのが大きな理由であり、さらに登録証付のスペンサー銃が高価で一人のコレクターがモデルの異なる複数挺のスペンサーを収集し、その違いを研究するのは不可能とも考えられます。 弊社では海外仕入れの際に手に取って見ることができる膨大な数のスペンサー銃の現存品と20挺近い弊社在庫品を徹底分解をして違いを分析しています。 また過去に販売した多数のスペンサー銃のデータを基に外国からの情報だけに頼らない研究を続けていきたいと考えています。

エキストラクターの変化に伴うケーシング・エジェクター(Casing Ejector)の違いも機会があればまとめてみようと思います。

 

 

本日のツーポイント情報!!

*買取りで、FAL L1A1 自動小銃 と 軍装品コレクション が東京店に入荷致しました。

 

量がございますので少々お時間を頂きますが、順次アップして参ります。ぜひご期待ください!

 

 

また、先日買取りで入荷しました3挺のうち、下記2挺の価格が決定いたしました。2挺ともすぐにご案内可能な商品となっておりますので、ぜひご覧ください。(シュミット・ルビンは早速ご売約いただきました。ありがとうございます。)

 

ベテェーリ M1878 歩兵銃 (30万円、税別)はこちら

ボーモン・ビタリ M1871/88 歩兵銃 (30万円、税別)はこちら

 

 

大阪ショールーム 年始休業のお知らせ

誠に勝手ながら、年始1月1日(月)より1月5日(金)まで大阪ショールームは休業とさせて頂きます。 ご不便をお掛けいたしますお客様には申し訳ございません。

なお、この期間も大阪ショールームの商品のHPやメールでの通販のお申し込みなどはお受けしております(東京ショールームでのご対応となります)。
大阪ショールームの通販の発送やお問い合わせのご回答に関しましては、休業日明けの6日(土)より順次対応させて頂きます。 この際、発送や返信などが多数になる場合がございますので、ご対応が通常より遅れる場合がございます。 何卒ご了承くださいますようお願い申しあげます。

なお、東京メインショールームの方は年末年始も休まず営業しております。 お客様のご来店、お問い合わせを心よりお待ち申しあげます。

 

 

 


2017.12.19 Tuesday

19世紀のスイス軍用 後装式小銃

19世紀のスイス軍用 後装式小銃

Swiss Breech Loading Rifles of the 19th Century

 

スイス連邦軍で小火器の統一がなされたのは1817年ですが、その後も1867年まで多くの種類の前装管打式小銃が使用されていました。 またその間に、前装式から後装式へのコンバートも行われたため、更に多くの種類の軍用小銃が混在する事になりました。 本格的な後装式小銃への統一が完了したのは1869年で、この時点でようやくヨーロッパ列強と肩を並べる事ができたと言えます。 そしてその後のスイス独自の小火器開発における意匠惨憺な歴史が、今日のスイスを世界有数の銃器産業を持つ国にまで発展させました。

 

 

【M1817/42/59/67 後装式歩兵銃】

1817年にスイス連邦軍が統一歩兵銃として最初に採用したのが滑腔銃身のM1817 歩兵銃です。 1842年に施条銃身へと換装されてM1817/42となった後、M1859年には固定照門から起倒式の可変照門に改良されてM1817/42/59となりました。 そして1867年に縁打式金属薬莢を使用するミルバンク・アムスラー・コンバージョン (Milbank-Amsler Conversion) システムを用いた後装式に改良されたのがM1817/42/59/67 後装式歩兵銃です。 ミルバンク・アムスラー・コンバージョンとは、アメリカ人のIsaac Milbankが発明したシステムをスイス人のRudolf Amslerが完成させたスイス軍独自のコンバージョン・システムです。 

M1817/42/59/67 後装式歩兵銃【5254】¥378,000(税込)はこちら

 

 

【ピーボディ M1867/77 工兵銃】

ピーボディ M1867 工兵銃は、米国のプロビデンス・ツール・カンパニーで製造され、スイス軍によって1867年に採用された外国製の小銃です。 1867年はスイス軍で前装式から後装式のミルバンク・アムスラーへの転換期にあたり、新たに開発されたスイス・ベテェーリの問題改善が完了するまでの仮制式としての採用でした。 ピーボディ小銃はトリガー・ガードを兼ねたレバーを下げることによりブリーチ・ブロックが降下して装填可能となり、レバーを上げる事でブリーチ・ブロックが閉鎖される仕組みになっています。 1877年には米国製のピーボディ M1867にスイス製の銃身を取り付けたM1867/77 工兵銃が採用されました。 本銃はモデル名の通り、工兵部隊に対して限定的に支給されました。

ピーボディ M1867/77 工兵銃【5282】¥432,000(税込)はこちら

 

 

【ベテェーリ M1870 警察騎兵銃】

ベテェーリ 小銃は1869年から1889年までスイス軍の制式小銃としてスイス軍の中立を支えてきた、シュミット・ルビン 小銃の一世代前の主力小銃です。 特殊なロッキング・ラグを持つボルト・アクションとチューブ型弾倉を合わせた独特のシステムは先進的で、尚且つ軍用としては比較的早い時期に登場した連発銃でした。 

ベテェーリ M1870 警察騎兵銃は、Gendarmerieと呼ばれる戦時には戦闘にも参加する武装警察の騎馬部隊用として1870年に採用された騎兵銃です。 装弾口カバーや遊底覆が付くなど初期のベテェーリ 小銃の特徴をよく残しています。

ベテェーリ(謎 ブログ.jpg

ベテェーリ M1870 警察騎兵銃【5568】¥540,000(税込)はこちら

 

 

【ベテェーリ M1870 候補生小銃】

士官候補生用に若干スケール・ダウンした単発モデルで、ボルトの構造はベテェーリ 連発銃と同様ですが、単発式のため連発銃の特徴である給弾エレベーター機能は備えていませんでした。 本銃はベテェーリが1866年に発表した単発のボルト・アクション ライフルと非常に似通った形状となっていました。

ベテェーリ M1870 候補生小銃【518】¥324,000(税込)はこちら

 

 

【ベテェーリ M1881 歩兵銃】

M1881はベテェーリ 小銃の最後期型で、前モデルのM1878より射程が伸びた事から、リア・サイトに引き出し式のサイト・リーフが取り付けられています。 1881年から1887年までの間に16,000挺が生産され、ベテェーリ 小銃の歴史に幕が下ろされました。

ベテェーリ M1881 歩兵銃【4483】¥324,000(税込)はこちら

 

 

【シュミット・ルビン IG89 歩兵銃】
1889年にスイス軍制式となった歩兵銃です。 スイス軍はそれまでベテェーリ 小銃を長年使用していましたが、チューブ型弾倉の欠点である装弾の不便さと残弾数の変化による銃のバランス移動などは最後まで解決されませんでした。 シュミット・ルビン IG89 (Infanterigewehr 1889) 
歩兵銃は、スイス軍のシュミット大佐 (銃担当) とルビン大佐 (弾薬担当) が共同で開発したスイス独自のストレート・プル式ボルト・アクション・ライフルで、1931年に採用されたK31 小銃にまで受け継がれるスイス軍小火器の代名詞ともなるシュミット・ルビンシリーズの最初のモデルです。

機構はストレート・プル方式ですが、マンリッカー方式とは異なり、ボルトとそのカバー (筒) 部分を引くとカバー内のボルト部分のみが90度回転する独特の構造になっています。 ストック下部に飛び出た弾倉には12発のスイス制式7,5mm×54弾が装填可能です。 このルビン大佐が開発した7,5mm×54弾は世界で初めての貫通性の高い銅被甲弾 (フルメタル・ジャケット弾) でした。 

シュミット・ルビン IG89 歩兵銃【5149】¥131,760 (銃剣付、税込)はこちら

 

 

【マンリッヒャー M1893 騎兵銃】
M1893 騎兵銃はオーストリア人のマンリッヒャー技師によって設計されたスイス陸軍の騎兵銃です。 マンリッヒャー方式のストレート・プル機構を採用している為、オーストリア=ハンガリー帝国の主力小銃であったM1895 小銃の機関部に極似しており、スイスの軍用銃とは思えない形状をしていました。 19世紀末期にスイス軍はシュミット・ルビン M1889 歩兵銃を騎兵用に短縮化したM1889 騎兵銃を採用していましたが、構造上ボルト操作のストロークが長く、馬上では操作が難しい事が判明し、コンパクトでボルト・ストロークの短いマンリッヒャー型が選ばれ騎兵だけに支給されました。

マンリッヒャー M1893 騎兵銃【4488】¥378,000(税込)はこちら

 

本ブログは次回発行のGazetteVol.15の下書きとなるものです。 シカゴ社長が自社商品だけ(一部は販売済)を用いて、実際に現物を手に取ってまとめた「世界の19世紀の軍用小銃 (スイス編)」の一部となる記事です。

 

本日のワンポイント情報!!

東京店在庫品の HK91 自動小銃 のHP解説 を本日追加いたしました。

現在こちらの1点のみの在庫となっております。 ぜひHPをご覧ください。 

HK91 自動小銃 (25万円、税別)はこちら


2017.12.05 Tuesday

南北戦争の騎兵銃 Part 1

1861年に勃発したアメリカの南北戦争 (1861-65年) は、一つの戦争の中で最も兵器の発展が見られた戦いであったと言われています。 特にその戦闘の要であった騎兵装備の進歩には目を見張るものが有りました。 これは第二次世界大戦における花形兵科であった戦闘機や戦車が、開戦時と終戦時では大きな性能差が生じた事にも通じます。


南北戦争当時の騎兵隊にはその用兵上の特殊性から優先的に最新式の兵器が支給されており、戦争後期になると後装式の博覧会の様に各種の特殊な後装式システムを持つ騎兵銃が使用されました。 それでは今回は南北の両騎兵隊によって使用された騎兵銃 (カービン) について、Part 1とPart 2の二回に分けてお送りしましょう。

 

ローレンツ M1842 騎兵銃

南北戦争の主要小銃の中であまり知られていないのが、オーストリア帝国がアメリカ (南部連邦) に輸出したローレンツ M1842 小銃です。 一般的には北軍がスプリングフィールド M1861 歩兵銃を、南軍がエンフィールド P1853 歩兵銃を主要小銃として使用した事は知られていますが、意外にも知名度のそれほど高くないローレンツ M1842 小銃が南部連邦軍で多数使用されていました。 ローレンツ M1842 小銃は前装管打式で銃身内にライフリングのあるライフル・マスケットです。 19世紀前半頃の欧州列強の標準的な小銃したが1854年にオーストリア帝国がM1854 小銃を主力小銃としてからはやや時代遅れになっていました。 ローレンツ M1842 小銃には歩兵銃 (全長約132cm) と騎兵銃 (全長約76cm) の二種類があり、南軍騎兵隊には短い騎兵銃が支給されました。



弊社在庫のローレンツ M1842 騎兵銃 (登録証付古式銃)【3509】 ¥540,000(税込)はこちら

 

ホール・ノース M1843 騎兵銃

騎兵隊は各種兵科の中で最初に後装式小銃を支給された兵科で、南北戦争開戦時には配備数こそ少なかったものの、開発されてから既に20年近く経っていたホール・ノース M1843 騎兵銃が一部の騎兵隊で使用されていました。 本銃は古参兵の如く10年以上も使用され続けられており、その長所や短所が熟知されていた為、開発年代は古いものの有効活用されていました。 戦争末期になると軍によるトライアルも不十分なまま導入される新型騎兵銃も多く、実際に騎兵隊に配備されてから欠点が露見する事例も多くありました。



弊社在庫のホール・ノース M1843 騎兵銃 (無可動古式銃)【5289】 ¥1,080,000(税込)はこちら



シャープス M1852 騎兵銃

1840年代に開発された殆どの騎兵銃が戦後姿を消したのに対して、シャープス 小銃は19世紀後半までの半世紀の間は騎兵隊のみならず、一般歩兵用から民間用大口径狩猟用小銃 (バッファロー・ライフルとして有名) に至るまで各種のバリエーションが使用されました。 単発でありながらその耐久性と後部から容易に装填可能な操作性に優れた後装方式により、南北戦争時の最も成功した騎兵銃として先ず最初に名前が挙げられます。 初期型はブリーチが斜めに取り付けられていたことからSlant Breech (斜めブリーチ) と呼ばれ、南北戦争ではリネン薬莢を使用する管打式のモデルが主に使用されました。



弊社在庫のシャープス M1852 騎兵銃 (スラント・ブリーチ、無可動古式銃)【4559】 ¥1,080,000(税込)はこちら



シャープス M1863 騎兵銃

その後、斜めブリーチから垂直ブリーチに代わり、より耐久性が高くなったのがシャープス M1863 騎兵銃です。 M1863 騎兵銃の多くの個体では不評だったローレンス・パテントのペレット・プライマー・システムは取り外されていました。



弊社在庫のシャープス M1863 騎兵銃 (登録証付古式銃)【4438】¥2,700,000(税込)はこちら

 


シャープス M1863 メタリック・コンバージョン 騎兵銃

戦争後期には金属製薬莢を使用するリム・ファイアのシャープス 騎兵銃も出現しましたが極少数に留まりました。 南北戦争で使用されたシャープス 騎兵銃の中では後期型に分類されるM1863 騎兵銃の多くは、戦後に管打式からM1866 トラップドア小銃用に開発されたセンター・ファイアの.50-70 Government弾を使用できる様に改造されました。 これらはシャープス M1863 メタリック・コンバージョン 騎兵銃と呼ばれました。 当初から金属薬莢用として生産されたモデルはフル・ロードの.50-70弾を使用しいましたが、コンバージョン・モデルは45グレインの減装弾を使用したと言われています。 初期型のSlant Breech (斜めブリーチ) はセンター・ファイアへの改造が強度的に難しかった為、管打式のまま南北戦争終結と共に姿を消し、現在では希少価値の高い品となっています。



弊社在庫のシャープス M1863 メタリック・コンバージョン 騎兵銃 (無可動古式銃)【3018¥864,000(税込)はこちら



スタール M1858 騎兵銃

シャープス 騎兵銃と同じく機関部下部に設けられたレバーによって薬室が開放される単発後装式の騎兵銃としてはスタール 騎兵銃があります。 スタール社は騎兵銃ではあまり多くのシェアを占める事は有りませんでしたが、軍用リボルバーの生産数はレミントンやコルトに次いで三番目に多く、当時の著名な銃器メーカーの一つでした。 スタール 騎兵銃の撃発機構もシャープス 騎兵銃と同じく当初は管打式でしたが、その後リム・ファイアとなり、最終的にセンター・ファイアへと進化を遂げました。 管打式のスタール 騎兵銃はModel 1858と呼ばれた他、金属薬莢式はM1864と呼ばれました。



弊社在庫のスタール M1858 騎兵銃 (登録証付古式銃)【3930】 ¥3,240,000(税込)はこちら



スタール M1865 騎兵銃

スタール M1865 騎兵銃はリム・ファイアとセンター・ファイアはブリーチ・ブロックのみが異なるだけで、リム・ファイアとセンター・ファイアを区別する個別のモデル名は設定されませんでした。 日本国内ではリム・ファイア式のみが古式銃の登録対象となっています。 詳しくは来年上旬に発行されるガゼット Vol.15のスタール 騎兵銃の項目ご参考ください。 スタール 騎兵銃はシャープスやスペンサー以外の後装式騎兵銃の中で成功を収めた数少ない一挺です。



弊社在庫のスタール M1865 騎兵銃 (登録証付古式銃)【3504】 ¥3,240,000(税込)はこちら



バーンサイド M1864 騎兵銃

北軍の将軍でもあったバーンサイド准将が開発したバーンサイド M1864 騎兵銃は、北軍の騎兵隊に愛用された騎兵銃です。 後装式ではありますが、ブリーチ・ブロックの前方が機関部下部のレバーを引き下げる事により持ち上がる特殊な構造を持っています。 その為、金属製のコーン型弾薬をブリーチ・ブロックの先端から装弾する仕組みになっています。 バーンサイド 騎兵銃の多くは南北戦争後期で使用された他、特殊な構造の割には操作が容易な為、その後幕末に日本国内にも一定数が輸入されて使用されました。 日本国内に登録証付古式銃として残る品の多くは米国と日本の大きな内戦で実際に使用された可能性が高い個体です。



弊社在庫のバーンサイド M1864 騎兵銃 (登録証付古式銃)【4604 ¥2,700,000(税込)はこちら



メリル M1863 騎兵銃

一見普通の前装管打式に見えるメリル 騎兵銃は機関部後部のレバーを持ち上げる事により薬室が開く特殊な騎兵銃で、歩兵銃モデルは生産されず、騎兵隊用に特化した珍しい品です。 機関部上部のブリーチ・レバーのロックを解除し、レバーを上部後方に大きく起こして装填する特殊な構造となっています。 ブリーチ・レバーを完全に解放すると、ブリーチから実包を押し込むプランジャーも連動して後退し、装填が可能になります。 装填後、再度ブリーチ・レバーを前方に戻すとプランジャーが前方に移動して実包がチャンバーに送り込まれます。 メリル 騎兵銃を製造したMerrill Patent Fire Arms Manufacturing Companyは他の中小銃器メーカーと同様に南北戦争終結後の1866年に倒産しており、メリル 騎兵銃の後継モデルが南北戦争後に作られる事は有りませんでした。



弊社在庫のメリル M1863 騎兵銃 (無可動古式銃)【5290】 ¥972,000(税込)はこちら



ジョスリン M1864 騎兵銃

多くの単発後装式騎兵銃は銃身後部の上方から何らかの方法でブリーチを開放し装弾する構造ですが、ジョスリン 騎兵銃は銃身の後端が直接開く特殊な構造になっています。 最も単純で合理的な後装式システムに思われますが、銃身後端が開放できる構造は発射ガスの吹き戻しが最も強く影響する為、強度的に問題が多くあまり実用化はされませんでした。 シャープス 小銃では銃身後方の頑強なブリーチ・ブロックが、発射ガスの吹き戻しを抑える仕組みになっていますが、ジョスリン 騎兵銃にはブリーチ・ブロックに相当するものが無く、ヒンジにより固定された大型の回転式カバーによって吹き戻しを防ぐ構造となっており、これが特徴的な外観を形成しています。 しかしながら、やはり強度的な問題があったのか、この回転式カバーには改良が加えられ、幾つかのバリエーションが存在します。 試験段階で実戦に投入された後装式騎兵銃は大半が南北戦争終結と共に姿を消しました。 それらの騎兵銃では銃身の長い歩兵銃は存在せず、騎兵銃のみが製造されたものが殆どでした。 しかしながらジョスリン 騎兵銃は、スペンサーやシャープスのように大成功を収めた騎兵銃以外としては珍しく歩兵銃も生産されました。



弊社在庫のジョスリン M1864 騎兵銃 (無可動古式銃)【5288】 ¥756,000(税込)はこちら

 


スペンサー M1860 騎兵銃

スペンサー 連発銃はクリストファー・スペンサーが開発した後装内火式の7連発レバー・アクション ライフル/カービンで1860年から1869年の間に生産されました。 トリガー・ガードを兼ねたレバーを下方に引く事によってブリーチ・ブロックが降下し、バット・ストック内の管状弾倉 (Tube Magazine) から弾丸を薬室に送り込むと同時に空薬莢を上部から排莢します。 スペンサー 連発銃は大成功を収めただけあり、短い生産期間とは対照的に多くのバリエーションがあります。 M1860 騎兵銃のほぼ全てが北軍によって使用されました。 シャープスのように戦前から生産されていた騎兵銃は開戦前に南部諸州でも販売されており、南北戦争が勃発してからも南軍で使用されましたが、北部(マサチューセッツ州)に所在していたスペンサー社の製品は、南北戦争の勃発後に量産が始まった事もあり、北軍騎兵隊にのみ支給されました。



弊社在庫のスペンサー M1860 騎兵銃 (無可動古式銃)【4554 ¥756,000(税込)はこちら



スペンサー M1863 騎兵銃 (米国南部連邦軍用)

スペンサー M1860 騎兵銃 の一部は捕獲品として南軍によっても使用されましたが、工業力の劣る南部連邦では銃器メーカーが独自のモデルを設計/生産するのは難しかった事から、捕獲品を模倣した品も生産されました。 弊社在庫品のスペンサー M1863 騎兵銃は南部連邦で生産されたと思われる珍しい品で米国では「Confederate Spencer」と呼ばれ珍重されています。



弊社在庫のスペンサー M1863 騎兵銃 (米国南部連邦軍用、無可動古式銃)【3281¥1,944,000(税込)はこちら

 


スペンサー M1865 騎兵銃

M1860 騎兵銃は22インチ・バレルに.56-56in.口径でしたが、南北戦争終結の年に改良されたM1865 騎兵銃は2インチ銃身が短い20インチ・バレルの.50in.口径となりました。 スペンサー 騎兵銃とシャープス 騎兵銃はスプリングフィールド M1873 騎兵銃が正式となるまで合衆国騎兵隊の主要火器となっていました。 M1865 騎兵銃は南北戦争終結年 (1865年) に生産が始まった為、南北戦争には実質的には間に合いませんでした。



弊社在庫のスペンサー M1865 騎兵銃 (登録証付古式銃)【3872¥3,240,000(税込)はこちら

 

 

後編は「南北戦争の騎兵銃 Part 2」として来年初めに、また「南北戦争の歩兵銃」はまた別の機会に紹介したいと思います。

 

 

本日のワンポイント情報!!

大阪店在庫品で、五六式騎銃 と M49/57 短機関銃 の新たな個体をHPとD/P(詳細画像) にアップいたしました。ぜひHPをご覧ください。 

 

五六式騎銃(6万円、税別)はこちら

M49/57 短機関銃(6万円、税別)はこちら


2017.08.10 Thursday

急造モーゼル系軍用ボルト・アクション・ライフル・ブログ

まいど!  8年間毎日欠かさず続いているシカゴ・ブログ!  先日誰もブログを書いていないと思って出張中にチャッ! チャッ! チャッ!とブログ一本を書き上げたシカゴ社長でございます(自慢)!! ←画像加工に尽力してくれた大阪店キヨミズ氏の助けがなければ多分2-3日はかかったと思いますが…。

なのにボツ…。

他のスタッフが急遽ブログを書いたので、社長ブログ(結局画像説明も殆どない不完全な代物ですが)は使われないでお蔵入りとなってしまいました(涙)

ところが本日の「Chicago News (シカゴ速報)」で「シカゴ資料商品の移動」のお知らせをしたので、お蔵入りしたブログが使えるのではないかと言うことになり、不完全ではありますが復活と相成りました!!

ここから下が昭和20年8月の終戦間際に急造されたようなブログでございます!

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10月末には完成予定のシカゴ軽井沢倉庫に東京店を始め長野倉庫や自宅から移動させる銃を整理しているとかなり多くのモーゼル・バリエーションがあることに気が付きました。←当然丁数は把握していましたが、こんなに多くの種類があるとは…。 その中でModel 96とModel 98を祖とする品々をピックアップしてみました。

多くの軍用
ボルト・アクション ライフルは大ドイツ帝国が誇る「ボルト・アクションの完成型」である「Gew.98 歩兵銃」が原型になっていますが、南米に輸出された品はそれより先に開発されたM1893を原型としているのが面白いですね。

 

元祖ボルト・アクション ライフル Gew.98 歩兵銃

*ドイツ Gew.98 歩兵銃【0292】

 

*スウェーデン モーゼル M1896 歩兵銃5479

 

*スウェーデン モーゼル M1896/38 短小銃  

 

*スウェーデン モーゼル M38 短小銃 

 

*スウェーデン モーゼル CG80 マッチ・ターゲット ライフル  

 

*ウルグアイ モーゼル M1908 歩兵銃【0493】

 

*アルゼンチン モーゼル M1909 歩兵銃【0494】

 

*アルゼンチン モーゼル M1909 騎兵銃   

 

*ペルー モーゼル M1909 歩兵銃  

 

*ペルー モーゼル M1935 騎兵銃   

 

*ブラジル モーゼル M1935 歩兵銃【0491】 

 

*チリ モーゼル M1935 短小銃   

 

*ユーゴスラビア モーゼル M1898 歩兵銃【5300】

 

*ユーゴスラビア ツァスタバ M1969 狙撃

 

1969年に制式となった、このツァスタバもGew.98の流れを汲む品です。 そんなことを言えばレミントン M700もモーゼル系のボルト・アクションですが、シカゴ社長的趣味だけで考えると、木製ストックを使用しない米軍のM24やM40はモーゼル系軍用ボルト・アクションには入っていません。

「スウェーデン CG80なんてM1896とドコが似ているの!」と言われても木製ストックが付いている限りシカゴ社長的な守備範囲となります。

 

同じようなカテゴリーに入れたい下の「トルコ M1935 歩兵銃」はGew.88系です。 1935年に1888年製のアクションを使用するとは…、ドイツ的メカニズム恐るべし!  

 

*トルコ M1935 歩兵銃  

 

銃名の後のHPナンバー】が入っている品はDetailed Photosに画像をアップしてあります。 またその一部はHP(価格は入っていますが解説分は作成途中)もございます。 【HPナンバー】をクリックしてみてくださいませ。 HPナンバー】が入っていない品は今年度中には商品化致しませんので、もしご希望であればご予約を承ります。 シカゴ社長のライフワークとして「日本にある軍用銃のすべて(仮題)」なんて資料本を出版したいと考えていますので、それまでデータを取っていない品はすべて非売品となります。 ご理解とご協力(すでに販売済でシカゴ資料室にない品のデータ提供など)をお願い申し上げます。

 

 

*ドイツ Kar.98a 騎兵銃

20世紀の世界各国の主力小銃の短縮化に伴い、このKar.98a系のバリエーションも豊富に在庫しておりますので、これらについてはまた日を改めてブログに書きたいと思います。 また19世紀中期から後期の無可動古式銃も沢山あるので、系統立ててまとめたいですね!

 

 

 

本日のワンポイント情報!!

弊社資料として在庫している無可動古式銃と20世紀初頭までのボルト・アクション ライフルを、現在HPとD/P(詳細画像) に順次アップしております。 HPにアップされて価格が付いている商品は現時点では東京店にございますが、10月から年末にかけて全て軽井沢倉庫/事務所に移動予定です。 また重機関銃の多くも倉庫へ移動させる予定です。 移動後は軽井沢倉庫では一般公開しませんが、ご注文があった場合は東京店へ再度移動する事は可能です。

ご不便をおかけしますが、東京ショールームが手狭になったためご了承いただきますようお願い申しあげます。

 

弊社資料として収集してきた品ですので価格は少々高めではございますが、珍しいお品物ばかりですのでぜひご覧ください。

解説がまだ不十分な品もございますが、後日追記予定ですのでご了承くださいませ。


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