Chicago Blog

国内唯一の無可動実銃と古式銃の専門店。
スタッフの日記や元フランス外人部隊兵の声、新入荷の情報などの各種おしらせ、在庫状況など、リアルタイムにお知らせします。

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2017.04.06 Thursday

日本にいて米国時間?

まいど!  海外出張に出かけていないのに時差ボケ気味のシカゴ社長でございます!!

 

この一週間スタッフ・キートン氏と元外人部隊がアメリカ出張中(キートン氏は本日帰国)で彼らの報告に合わせていたら自然と(アメリカ的)時差ボケになってしまいました。

 

出張前の会話を後悔したのは、三つの出来事が重なってしまった事もありますが…。

 

シカゴ社長 「(アメリカ出張中で)何かあれば夜中でも電話してこい!」

 

って大きな事を言ってしまったので、朝の4時頃に電話が掛かってきました…。

 

もう一つは東北某所に古式銃の出張買取りに行って、17挺もの古式銃コレクションの商品化しなければならなくなった事。 多くが在庫に無い逸品ばかりでしたので、その分HPの解説も大変です。

途中で磐梯山が見えるサービス・エリアで休憩しました。 東北ではまだ雪が残っているのですね…。

 

05.jpg

US ウィンチェスター M66 イエローボーイ カービン(左から4挺目)、US シャープス & ハンキンス アーミー・モデル カービン(左から5挺目)、US スタール M1865 カービン(左から6挺目)。

 

01.jpg

一番上の棚の右から3挺とその下の棚の箱入り全て。

 

04.JPG

一番下の棚の箱入り全てと下から二番目の棚、一番左の箱入りとその右横の和製 砲金製ペッパーボックス。

 

旅程丸二日かけての買取り。 東京店1F の古式銃専門店「シカゴ・ギャラリー」に運び込んで、展示が終わったのは夜中…。 帰りにも温泉で一泊の予定が、想像以上の逸品コレクションであった事もあり、一刻も早く商品化したかったのでお客様のお宅から(会社へ)直帰しました。珍しく前日から現地入りしたのは正解でした、買取り当日ギリギリまでホテルで東北某所、東京店、大阪店、アメリカと4カ所スカイプ・ミーティングができるとは素晴らしいですね。

 

買取りさせて頂いたお品を1階ショーケースに入れたら、二日間の疲れも吹っ飛びます、が…。 その後から来る商品解説の波に悩まされる結果に…。

 

私用で大阪に二泊三日の日程で行っている間も時間を見つけて東京店と相談しながら商品解説を進めます。 

これに自分自身でノルマを課してしまったのが、新しく作った「シカゴ速報(Chicago News)」の「HP、Detailed Photos進捗情報」です。 毎日その日の作業目標を速報で発表すると言う危険なノルマ!

 

今までは毎日毎日、途切れる事もなく新入荷品を必ず速報にアップして参りましたが、入荷と同時(またはそれ以前)に販売済みとなってしまう商品が多くて本来の「速報」や「News」の意味が無くなってしまっておりました。 シカゴ的には「毎日買取り品があるんだよ〜!」って戦果報告のつもりでしたが…。 「大本営発表」のようなインチキはなくても、まとまって入荷した品を数日間に分けて速報にアップしたりする事もあったので新しい情報量が少ないと言う本来のNews性が少なくなってしまいました。 そこでお客様が「シカゴが今日はどのような仕事をしたか(またはする予定)」をお知らせすることによって、お客様が「シカゴ速報(Chicago News)」を楽しみにして頂ける(シカゴとしても宣伝効果が高くなる)ように工夫してみました。

 

シカゴ社長はベターだと思ったことは貫く性格ですので、自分自身にも鞭を打ちつつ頑張って行きたいと思っております。 ぜひ応援してくださいませ!

 

明日から10日間のヨーロッパ出張に出かけます! スタッフ・キートン氏とは入れ違いになってしまいますが、行ってきまーす!! ←今回はアメリカ経由で来る元外人部隊とパリでスタッフ Sさんと一緒に合流します。ビジネスが次の世代に受け継がれていくのは楽しみですね。

 

「HP、Detailed Photos進捗情報」を新しく追加シカゴ速報はこちら

 

 

本日のワンポイント情報!!

先日、出張買取りで入荷しました銃砲刀剣類登録証付の古式銃コレクションの内、新たに本日下記の3丁のHP画像とDetailed Photos(詳細画像)が完成いたしました。 この3丁は価格が決まっておりますので、すぐにご紹介可能な商品となっています。HPの【本個体の説明】部分がまだ未完成ですが、何れも作動完全良好な美しい品です。 お値打ち価格になっていますので、 ぜひHPをご覧ください。 

ベルギー ピン・ファイア フィスト・ピストル (J. Chaineux パテント) (130万円、税別)
ベルギー ルフォーショー 6連発 リボルバー (Acier Fund) (90万円、税別)

和製 ペッパーボックス (砲金製) (40万円、税別)


2017.01.26 Thursday

世界の十九世紀軍用小銃-番外編-「シャム王国の日本製小銃 Part 3」

まいど! 昨日に続き-番外編-シャム王国の日本製小銃 (Part 3)をおおくりします! 今回は寄り道をせずシャム王国 66式小銃のお話です。 プラス泰平組合のお話し付きです。


38.jpg三八式歩兵銃 初期型

 

38シャム.jpgシャム王国 66式小銃

 

外見は三八式歩兵銃とほぼ同じですが、機関部が6.5mm弾より大型のリムド8mmx52R弾を使用するため大きく(上下に幅広く)なっているのがお判りでしょうか?

 

66式小銃の機関部、分解してみると使用弾の違いから弾倉の形状が三八式歩兵銃とは全く違う銃のように見えます。

 

外見の一番の違いはリア・サイトが三八式歩兵銃のラダー・サイトに対して66式小銃はタンジェント・サイトになっています。 またフロント&センターバンドを留めるのはバネではなく右側面からのネジ留めになっています。 三十年式型銃剣(剣先は両刃)を装着できるように、三八式歩兵銃と同じような着剣装置が付いています。 しかし銃身外径が異なるので、銃剣の互換性はありませんでした。

 

46/66式小銃の機関部、固定一体型弾倉の形状が独特です。

 

1923年に二種類(46/66式小銃と66式小銃)の小銃が制式になりましたが、口径だけが同じで形状/構造も銃剣も全て異なりました。 因みにシャム 46/66式小銃はヨーロッパ・スタイル(ドイツ風)のマンリッカー型銃剣で、66式小銃は柄は三十年式で鞘はヨーロッパ型です。

語での文献を見ると三八式歩兵銃と66式小銃の部品はネジ山のピッチも異なり、ネジ1本も一切互換性が無いように書かれていますが、シアなどの一部の部品は三八式と全く同じです(区別はつきません)。 バット・ストックが約1cm、銃身も約2cm短く、全長が1,275mmあった三八式歩兵銃に対し1,245mmと全体で約3cmほどタイ人の体格に合わせ短めになっています。(その当時日本人とタイ人の体格差はあったのでしょうか?) フロント・サイトは直接銃身に取り付けられています(三八式はサイトの基部がリングになって銃身前部から取付ています)。

 

シャム機関部3.jpg

「菊の御紋章」はなく代わりに「Sudarshana」と呼ばれるシャムの紋章が入っています。 その下にタイ(シャム)語で文字(モデル名)が入っています。

 

比べて見なければ気が付きにくいことですが、レシーバー後部右側面のボルト閉鎖状態時にボルト・ハンドルの後ろにあたる部分(赤丸の部分)がかなり低くなっています(九九式小銃と同じです)。 ここが三八式との大きな違いです。

関東大震災(1923年)で東京砲兵工廠小石川工場が被害を受けたため、小倉工廠に於いて生産されることになりました。 5万丁の注文に対してシャム王国軍への納入は5年もの歳月がかかりました。 日本製だけあって作りはよく、戦前の旧軍小銃のようです。 ストックはタイ国製と思われる、材質が日本製とは異なります(バット・ストックが二分割型ではありません)。 目の詰まった上質の日本製の木部とは異なり木目の荒いのが特徴です。

 

これらの日本陸軍造兵廠で生産された小銃は泰平組合によってシャム王国に輸出されました。

 

戦後多くの旧日本軍の小銃は米軍によって持ち帰られて米国に多数残っていますが、66式小銃の殆どは現地(タイ)に残され極僅かな数が英連邦軍によって主に英国に持ち帰られました。 タイ国に残った66式小銃の多くは戦後僅かな期間使用された後に廃棄されたため66式小銃の現存数は旧軍の小銃に比べて遥かに少ないものとなっています。


日本製小銃のバリエーションとしていかがでしょうか?  国内には殆ど入荷していない一丁です。

 

日本製 46式小銃(Siamese Mauser Type 46 Rifle)はこちら

日本製 46/66式小銃(Siamese Mauser Type 46/66 Rifle)はこちら

日本製 66式小銃は(Siamese Arisaka Type 66 Rifle)こちら

 

 

おまけ話し…

泰平組合は日露戦争(1904年-1905年、明治37-38年)後に兵器生産数が大いに減少した兵器廠の稼働率維持と陸軍が保有する旧式兵器を処分する目的で当時競合する大手武器貿易商社(高田商会、大倉組,三井物産)の三社を一つにまとめた国策共同組合でした。 明治41 (1908)年に陸軍主導の下(寺内正毅陸軍大臣が生みの親と言われている)に作られた民間でしたが陸軍の旧式兵器から砲兵工廠で製造された最新兵器までを輸出する独占企業でした。 当初は中国(当時は清国)とタイ(当時はシャム王国)に輸出を行っていましたが、後に第一次世界大戦が勃発するとヨーロッパに大量の武器を輸出しました。 

 

シャム王国には大正末期に三年式重機関銃を輸出しており、弊社でも里帰り品を取り扱っています。

 

泰平組合が昭和10年頃に発行したカタログの復刻和訳が並木書房から「日本陸軍兵器資料集〜泰平組合カタログ」として発行されていますのでご存知の方も多いと思います。 私は35年ほど前にアメリカで復刻版(英語)を手に入れており、当時は英語で書かれた旧軍の兵器カタログに載った旧式の小火器に疑問を持ちつつ忘れ去っていました。 今回泰平組合が輸出した小銃の解説を書くにあたって改めて調べていくと現在の「武器輸出三原則」によって事実上「武器および武器製造技術、武器への転用可能な物品の輸出の禁止」されている日本では考えられない過去が明らかになってきました。 いずれは改めて泰平組合についてブログを書きたいと思います。

 

 

本日のワンポイント情報!!

買取りで、AKM 自動小銃 が東京店に入荷致しました。

HP・詳細画像ともにアップしておりますので、どうぞご覧ください。 


AKM 自動小銃 のHPはこちら
AKM 自動小銃 の詳細画像はこちら

 


2017.01.25 Wednesday

世界の十九世紀軍用小銃-番外編-「シャム王国の日本製小銃 Part 2」

まいど! ちょっと時間が空いてしまいましたが-番外編-シャム王国の日本製小銃 (Part 2)をおおくりします! 「番外編」のタイトル通り無茶苦茶脱線していますが、明治維新にも勝るとも劣らない興味深いシャム王国(現タイ王国)の近代史に目を向けて見ましょう!!

 

1910年、シャム王国のラーマ6世(King Vajiravudh=ワチラーウット王)が父親のラーマ5世(King Chulalongkorn=チュラーロンコーン王)の跡を継いで新国王となりました。 ラーマ6世が即位した当時の制式小銃弾は自動火器には向いておらず、機関銃は別の弾薬を使用していました。 そこで弾薬の統一化(円頭型弾頭はすでに旧式化していた事もありますが)を行い、新しいシャム王国軍制式弾として8mmx52R弾(Type 66実包)を2466年(タイ仏暦=西暦1923年)に導入をしました。 8mmx52R弾は当時シャム王国軍が使用していた8mmx50R弾より1.3mmケース(薬莢)が長くなっていますが、弾頭が短く全長は反対に0.8mm短くなっています。 そのため実包の互換性が無いので新型小銃が必要となりました。 この新型弾は自動火器にも適しており、シャム王国軍が使用したマドセン軽機関銃、FN ブローニング 機関銃でも使用され第二次大戦までシャム王国軍の主要実包となりました。 それまでシャム王国軍6,5mmx50SR(三八式実包)を使用する旧日本軍の三年式重機関銃も使用していました。 最終的には日泰攻守同盟もあり太平洋戦争終結まで6,5mmx50SR弾も使用していたので、完全に弾薬の統一はされていませんでした。

またラーマ6世は火砲の近代化も進めており、第一次大戦直前には旧式の施条前装砲からクルップ社製の施条後装砲へと転換させました。 それと同時に砲兵は花形兵科となり、士官学校のトップ卒業生は自動的に砲兵連隊に配属されました。←かなり余談ですが…。

 

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左より6,5mmx50SR弾(三八式実包)、8mmx50R弾(シャム Type 46 実包)、8mmx52R弾(シャム Type 66 実包)

 

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シャム・チャクリー王朝の第6代国王ラーマ6世(1915年頃の英陸軍名誉大将軍装、英国王ジョージ5世より授与)。 ラーマ6世は皇太子時代に英国のサンドハースト王立陸軍士官学校(当時はサンドハースト王立陸軍大学士官養成所)卒業しています。

 

ラーマ6世は英国への思いが強く、当初は.303口径のSMLE小銃の導入を望み、実際に国王直属のWild Tiger Corps用に1万丁のSMLE小銃を英国から国王個人が購入しています。

 

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ラーマ6世のWild Tiger Corpsが使用したSMLE No.1 MKIII小銃 には虎頭(まさに部隊名通り…)にタイ語が入っており、薬室右側面のシリアル No.もタイ語表記になっています。 しかしその他の刻印は英軍のものですので、シャム軍用に生産されたのではなく、英軍用銃の再支給品と思われます。

 

少し横道に逸れますが当時のシャム王国の近代史を見てみましょう。

ラーマ6世はそれまでの中国とのつながりを断ち切り、反対に西洋に倣いました。 義務教育制度、多妻制の撤廃、国連参加、ボーイスカウトの組織化など様々な改革/近代化を行いましたが、あまりにも急速な近代化のため多く障害もありました。 最も大きな問題はボーイスカウトと呼ぶには国王の私兵色が強すぎる準軍事団体の存在でした。

1911年5月1日、ラーマ6世によって国内治安維持の目的で英国の国防義勇軍(British Volunteer Force)を範にとった準軍事団体Wild Tiger Corps (スアパー、タイ語: กองเสือป่า) が新設されました。 下部組織(若年組織)はボーイスカウトで世界で3番目にボーイスカウトを作った先進的な国としての評価もあります。 しかしながらBritish Volunteer Forceは国家の為に治安を担っていたのに対しWild Tiger Corpsは国王の為だけに働いていました。 ナチ党の準軍事団体Sturmabteilung(Storm Troops=突撃隊)に近い性格のもので、ドイツと同じようにシャム王国でも正規軍と対立していました。 ナチスにも下部組織にヒットラー・ユーゲントというボーイスカウト組織があったのも同じですね。

 

Wild Tiger Corpsの正装に身を包んだラーマ6世。 アジアでここまで欧米化された軍服を採用したのは日本(満州国を含む)以外ではシャム王国だけでしょう!

 

シャム モーゼル Type 46 小銃を持ったWild Tiger Corps隊員。 確かにボーイスカウトのようでもありますが、米西戦争頃の米軍にも似ていますね。

 

1911年の創設時でも4,000名の隊員がおり、翌1912年には軍部と衝突(Palace Revolt of 1912、軍によるクーデター未遂事件)をして、国王と軍との間には大きな溝ができました。 それ以後軍首脳部は国王が軍事に口出す事に反対する立場をとりました。

このような時代背景がシャム王国軍の兵器/装備に大きな影響をもたらしました。

 

国王の推し進める英国製.303口径小銃の導入は軍首脳部の反対がありは断念しました。 三八式歩兵銃型小銃の方がSMLE小銃より安価であった為と言われていますが、その実情はどうだったのでしょうか?


一説によると第一次大戦後の英国には余剰小銃が大量にあったにも拘らず、インドシナ半島で唯一独立国のシャム王国が最新小銃を装備できないようにSMLE小銃の価格を高く設定したと言われています。 反対に日本は第一次大戦後で兵器生産数が大いに減少しており兵器廠の稼働率維持の為にも輸出に力を入れなければならない時期でもありました。 日本の武器貿易会社大手三社(三井物産、大倉組、高田商会)の国策共同組合である泰平組合から三八式歩兵銃の引き合いがあり、三八式歩兵銃を新しい8x52R弾を使用できるように再設計する方が経済的となり、1923年に5万丁の8mm口径の三八式歩兵銃型小銃を日本に注文しました。 1923年は仏暦(タイの仏暦)2466年にあたるので66式 小銃(Type 66 Rifle)と呼ばれています。

 

シャム王国 66式小銃

 

シャム王国は第一次大戦において、アジアでは日本や英仏植民地軍を除く唯一の参戦国であったことは意外と知られていないことです。 (66式小銃は第一次大戦時には装備されていませんでした。)

 

シャム王国 46式小銃

 

シャム王国は大戦勃発と同時に中立を表明し、戦況の成り行きを見て勝ち馬に乗ろうと画策していました。 不平等条約の維持をもくろむフランスは、シャム王国の参戦に否積極的でした。 ラーマ6世が心情的には連合軍側よりであったことから、求められたら参戦する用意をしていました。 戦争が長期化によってついに連合国はシャム王国に参戦を求め、1917年7月22日に参戦、同年9月28日に対独宣戦布告、1918年7月30日にヨーロッパ派遣義勇兵がマルセイユに上陸、1017日にはその一部が前線に向かいました。 しかしながら同年1111日に休戦となり、その結果シャム王国は戦勝国となりました。 敗戦国となったドイツ、オーストリアとの不平等条約は即座に撤廃され、1920年に国際連盟が設立されるとその原加盟国になり、1926年までにヨーロッパ各国との不平等条約は改正されました。 この第一次大戦参戦はシャム王国の国際的な地位向上に貢献し、その意味でもラーマ6世の功績は大きなものでした。

 

シャム王国は 46式小銃を装備した陸軍部隊が第一次大戦に参戦し、小銃弾と機関銃弾の互換性が無い問題を重要視した国王が新型弾薬の開発を進めたとも言われています。 新型弾薬の製造は英国のKynoch社と日本の陸軍造兵廠が行いました。

本日のお題でもある66式小銃から少し離れてしまいましたが、明日は「シャム王国の日本製小銃 Part 3」で銃本体に焦点を当ててみたいと思います。

 

日本製 46式小銃(Siamese Mauser Type 46 Rifle)はこちら

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本日のワンポイント情報!!

買取りで、Kar.43 自動小銃 (復刻品ZF4スコープ付) が東京店に入荷致しました。

お客様にご連絡中ですが、HP・詳細画像ともにアップしておりますので、どうぞご覧ください。 

 

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2017.01.10 Tuesday

世界の十九世紀軍用小銃-番外編-「シャム王国の日本製小銃 Part 1」

まいど! 「世界の十九世紀軍用小銃(仮)」と題して日本にある実物小銃(登録証付古式銃と無可動実銃)のデータだけで世界中」の、それも「十九世紀軍用小銃」を網羅した本を出そうという気の遠くなるような計画をライフワークとして始めて数年、最近やっと現物(または画像)が1/10ほど集まったので徐々に解説を書き始めているシカゴ社長でございます!!

 

この作品にはすでに販売してしまった品も多く含まれていますが、シカゴが輸入した品の画像とデータですので「外国のドコドコ博物館にある品」とか「海外の某コレクションの品」のような「手の届かない品」の情報ではございません。 全て国内にある銃の情報だけを使った「シカゴでしか出来ない仕事」の誇りを持って進めています。 最終的には数百挺になると思いますので気長にお待ち頂ければ幸いです。 ブログで「たたき台」をポツポツと小出しにし、訂正/追記を繰り返して完成させる予定です。

しかしながら、そのような気の遠くなるような計画を更にこじらせてしまっているのが19世紀末から主流となった「20世紀初頭のモーゼル系ボルト・アクション・ライフルをどこまで取り上げるか?」問題です。 多くの後進国がモーゼル社のM1896やM1898を自国の制式小銃にし、そのモデル名が1902-1910の間に集中しています。 Model 1902 小銃でもモデル名からは19世紀の軍用銃の枠には入れることができません。 列強の国々は独自で小銃を開発しているので「Model 1899」までと区切りをつけても「それなり」の構成ができますが、自国で小銃の開発が出来ない国々では、モーゼル・アクション以前のモデルには国の特徴が全く出ていない(国章すら入っていない)状態です。

例えばシャム王国の軍用銃ですと19世紀は欧米の兵器をそのまま採用していたので、独自性がなく「シャム王国の軍用銃」としては取り上げることは出来ません。 「世界の〜」とタイトルに入れているのでアジア圏は日本だけとは寂しく、なんとしてもタイランドを入れたいと思っていました。 

20世紀初頭の1903年に独自の兵器を開発し、1923年にまた新型の独特なボルト・アクション・ライフルを採用しておりカテゴリーとしてまとまっています。 それも全て日本製という興味深いおまけも付きで、幸い手元にその間に採用された小銃が3挺全て揃ったので「番外編」として取り上げさせて頂きました。

 

 

世界の十九世紀軍用小銃-番外編-「シャム王国の日本製小銃 Part 1」

19世紀末のシャム王国(現タイ王国)は日本を除く東南アジアの国々の中で欧米の植民地化を逃れた唯一の独立国でしたが英国とフランスの植民地に挟まれた状態で、ヨーロッパ帝国主義が身近に迫っていました。 それが故にチャクリー改革と呼ばれる近代化を19世紀初頭から始めました。 まず取り組んだのは小火器の近代化でした。 ラーマ5世(在位1868-1910年、Chulalongkorn王)は欧米製の小火器をそのまま使用するのではなく独自の小火器を装備することが独立国の条件の一つという先進的な考えを持っていました。
また英仏は他の欧米の小火器生産国に圧力をかけて、シャム王国に最新の小火器を販売しないようにしたのも大きな理由でした。 当時兵器の輸出に積極的であった日本が欧米の国々に代わりシャム王国と繋がりを強くし、それは第二次大戦中まで続きました。

 

シャム・チャクリー王朝の第5代国王ラーマ5世


シャム王国は独自の小銃を採用するまではオーストリア帝国の マンリカー M1888と M1888/90を主力小銃として使用していました。 1890年台に輸入したそれらはオーストリア帝国陸軍で使い古された品で20世紀に入ると旧式化していました。 しかしながらオーストリア軍のM1888/90用である8x50R弾はシャム王国軍に強い印象を与え、1902年(タイ仏暦の2445年)には独自の45式 8x50R弾を制式採用しました。 そして多くの障害を超えドイツのモーゼル社から最新のM1898型小銃の製造ライセンスを得ることに成功しました。 その当時、多くの国(特にモーゼル社から兵器の供給を受けていた南米の国々)が一つ前のM1896型を使用していたのを考えると最新小銃といえます。 しかしながらシャム王国では小銃の国産化をする能力はなく日本に生産を委ねました。

 

シャム王国 モーゼル 46式 小銃は1903年にシャム王国が採用した日本製のモーゼル型小銃です。 制式年がタイ仏暦の2446年に当たるので海外ではSiamese Mauser Type 46 Rifle(Wikipediaなど一部ではType 45の表記あり)、またM1903とも呼ばれています。 1903 年から1908年の間、東京砲兵工廠小石川工場で約40万丁が生産され20年間シャム王国陸軍で主力小銃として使用されました。

シャム王国 モーゼル 46式 小銃 (Siamese Mauser Type 46 Rifle)

 

ストックとストック金具はシャム王国で生産したと言われていますが、現物を見る限り日本製のようにも思われます。 後に制式小銃となった66式小銃のストックは明らかに日本製とは異なっていました。

欧米の資料ではストックはタイ製であるという記述がありますが、弊社在庫品のモーゼル 46式 小銃を見るとバット・ストック下部に明らかに日本語と思われる刻印が入っています。

「彦長」を意匠化した刻印。

 

「西」を意匠化した刻印。

 

シャム王国では単にM1898型小銃のライセンス生産を日本に注文したのではなく、前年の1902年(明治35年)に日本海軍で採用された最新兵器である「三十五年式海軍銃」の遊底覆を追加してあります。 またバット・ストック内にクリーニング・キットを収納するスペースも追加しており、その蓋は右側面にスライドして開く手の凝った作りになっています。 ドイツのメカニズムと日本の製造力とアイデア(遊底覆)が融合した新型の小銃にはそれまでのオーストリア軍の影響は使用弾(8x50R)とマンリカー1888小銃型銃剣にのみ残りました。
旧式の8x50R弾(Type 45弾)が円頭型弾頭であったのに代わってタイ仏暦の2466年に新しく8x52R尖頭弾(Type 66弾)が制式となりました。 ケース長(薬莢長)が約2mm長いため、弾薬の互換性がなくなり、多くの46式がリチャンバーされ46/66式として使用されました。 その為オリジナル弾薬を使用する46式小銃の現存数は少ないものとなっています。 旧軍の三十年式実包(円頭型)と三八式実包(尖頭型)に互換性があったのと比べ非効率になったのは当時のシャム王国の計画性の無さか、日本の陰謀か…、兵器にまつわる謎はどの国でも似たり寄ったりです。

余談になりますが46式小銃のモデル名がType 45(45式)と表記されることもありますが、それには三つの説がありました。 一つは西暦が1月1日から始まるのに対して仏暦では異なるので同じ1903年でもタイ仏暦では2445年と2446年に当るので両方のモデル名(年号)が存在する説(通常は西暦に543年を足すとタイの仏暦になります)。 もう一説は単に使用弾であるタイ軍用の8x50R弾が前年制式となってType 45 Siamese 8x50Rと呼ばれていたので、その弾薬を使用するシャム モーゼルを同じType 45とした説。 最後の説は仏滅紀元元年が一年異なるミャンマーやスリランカなどの旧英領の年号を英語圏の人間が一年違って表記した説。 (ミャンマーやスリランカ仏暦はタイ仏暦プラス1年なので1903年=2447年となるので最後の説はありえないと思います)

 

2466年(タイ仏暦)に8x52R尖頭弾を使用出来るようにリチャンバーされた46式を46/66式として採用しました。

 

シャム王国 モーゼル 46/66式 小銃 (Siamese Mauser Type 46/66 Rifle)


使用弾が新しくなったにしたがってタンジェント型リアサイトの射程を定める角度も変わりました。 弾薬はほぼ同じサイズ(ケースが約2mm長いですが、弾頭が短く全長はほぼ同じ)ですので、装弾口の大きさの違いは見られず、このリアサイトの違い(46式のガードが高く、46/66式のガードは低くなっています)で見分けがつきます。

モーゼル 46式 小銃のタンジェント・サイト

(サイトの両側面にあるガードが高くなっています。 ガードにはタイ語で目盛りが刻まれており、これがオリジナルの高さなので目盛りが完全に残っています)

 

モーゼル 46/66式 小銃のタンジェント・サイト

(サイトの両側面にあるガードが削られて引くくなっています。 ガードの目盛りが削られて一部しか残っていません)

 

更に46/66式のレシーバー後部の上下タング部分は46式より耐久性が高くなるように延長部品が付けられて、より強力な新型弾に耐えられるようになっています。 上側(約6.5cm)と下側(約5cm)の延長部品が旧軍の三十年式や三十五年式小銃のように追加改良されています。

モーゼル 46式 小銃の上部タング部分

上部タング部分はモーゼル系小銃と同じく非常に短くなっています。 (下方トリガーガード側から留められたネジ穴の直後で終わっています)

 

モーゼル 46/66式 小銃の上部タング部分

タング部分は46式より約6.5cm長くなるように別部品で延長されており、より強力な新型弾に耐えられるようになっています。

 

モーゼル 46式 小銃の下部タング部分

下部タング部分はモーゼル系小銃と同じく非常に短くなっています。 (当時のボルト・アクション・ライフルは概ねこのように短いものでした)

 

モーゼル 46/66式 小銃の下部タング部分

日本の三十年式歩兵銃や三十五年式海軍銃と同じ方法(ほぼ同じ形)で46式より約5cm長くなるように別部品で延長されています。 このような点にも日本のアイデアが入っているのが興味深いですね。

 

シャム モーゼルの最も興味深い点は1902年(明治35年)に日本海軍で採用された最新兵器である「三十五年式海軍銃」の遊底覆を追加してあることです。 構造的には全く同じものです。 唯一の相違点は「三十五年式海軍銃」には薬室上に設けられた横に並ぶ二つのガス抜き孔に合わせて遊底覆にもガス抜き孔がある点です。

「三十五年式海軍銃」の遊底覆(上は閉じた状態、下は開いた状態)で薬室上のガス抜き孔と遊底覆のガス抜き孔の仕組みがよく判ります。

 

モーゼル 46/66式 小銃の遊底覆を閉じた状態

ガス抜き孔以外は「三十五年式海軍銃」と全く同じです。 菊の御紋章の代わりに「Sudarshana」と呼ばれるシャムの紋章が入っています。 紋章の下はタイ語でモデル名と思われる小さな刻印が入っています。 旧軍小銃のモデル名はご紋章の下に「漢字で大きく縦書き」で入っているデザイン・センスは素晴らしいですね。シャムの小銃にはそれがないので少し残念です。

 

1923年(仏暦2466年)に新しく8x52R尖頭弾を使用する三八式小銃型の66式小銃も採用されましたが約40万丁も生産された46式小銃があったため46/66式小銃の方が多く軍に残り、同じ年から二種類の新型小銃が混在して使用されました。66式小銃については世界の十九世紀軍用小銃-番外編-「シャム王国の日本製小銃 Part 2」に続きます。

 

 

シャム王国 モーゼル 46式 小銃はこちら

シャム王国 モーゼル 46/66式 小銃はこちら

 

 

本日のワンポイント情報!!

買取りで、シャム 66式小銃 (タイ軍用三八式歩兵銃) が東京店に入荷致しました。

HP・詳細画像ともにアップしておりますので、どうぞご覧ください。 


シャム 66式小銃 (タイ軍用三八式歩兵銃) のHPはこちら
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2017.01.08 Sunday

「宮崎商店」でございます!!

まいど!  父ちゃん、母ちゃん、(ドラ)息子の三人家族経営?「宮崎商店」でございます!!

本日は浅草ブラックホールにご来店頂き誠にありがとうございました。 お陰様で本日用意した商品の多くが売れキャパシティ・オーバーの山がやっと通常レベル位になりました。
今回残った品は明日、
スーパー大セール致します。

本日閉店10分前に撮影した手抜き画像をご覧ください。

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モデルガン、黒いのとクロームは全てプラです。18禁エリアではないのでエアガンは持って行ってません。

 


SAA系のグリップ類、「どのメーカーのモデルガンに合うか?」って質問には全くお答えする能力はございません。

 


ホルスター ▲Ε┘好織鷏呂惑笋譴早かったですね!

 

ホルスター◆▲轡ゴ社長に「何が(どのモデルが)入るか?」って聞かないでくださいね!

 


軍服類、意外と戦時中の国民服とかが今回売れました。 まぁ価格が1,000円以下ってことも大きかったとは思いますが…、売れて良かったです。 ありがとうございました!

 


ヘルメット類、シカゴ社長では書けないナベさんのキャッチコピーが貼られています。

 

ボディ・アーマー 

 

ボディ・アーマー◆⇐右の品は撮影直後に売れたと思います。

 

ボディ・アーマー。左は西ドイツ軍用です。

 


色々 

 


色々◆

 


初めて友人のトーマスと隣り合わせ(背中合わせ)でテーブルを持ったのですが、ミリタリー・イベントに来られている人達の語学力の高さに驚かされました。 ベルギー人の彼はオランダ語が母国語で、独仏英語が堪能なマルチリンガルです。 流石にオランダ語で話をしている姿はなかったですが、英語はもちろんの事、フランス語で彼と話している方も数人いたしドイツ語の方もおられたのには驚きました。

旧軍の品は別として他の品は舶来品(いつの時代やねん!)なので海外からの業者さん達と話す機会が多いのでしょうね。 そしてドイツ軍コレクターの方ならばドイツ語単語も一般人の百倍は知っていると思います。 Waffen(独)=武器、武装(日) etc.なんて常識ですもんね!
トーマスと一緒に骨董祭に出店していたら英語ですら、彼に話しかける人が殆どのいないのと比べたら凄いことです。 別に骨董祭に来てる方の語学力が低い訳ではなく、それが日本人の平均なのでしょう。←来週末は彼と骨董ジャンボリー古式銃専門店「シカゴ レジメンタルス」として出店致します。

ブラックホールでの軍装品屋「宮崎商店」の商品平均単価が2,000円に比べて、骨董ジャンボリーの古式銃屋「シカゴ レジメンタルス」の平均単価は200万円。 何と1,000倍です。

30年前にアメリカで日本刀買い付けのビジネスをしていた時に一振り百万円以上の品を扱っている傍らで最低価格が$5(約500円)の品でもアメリカのオークションに出品して売っていたので「JJ MASA (Japanese Jewish = 日系ユダヤ人のマサ)」って光栄なアダ名を頂きました。 今もヨーロッパで「JJ」って呼ばれます、喜んでいいのやら…。

 

シカゴ社長の座右の銘←いっぱいあるけど…。

 

一銭を笑う者は一銭に泣く

 

でございます。


 

 


明日の為に、最近入荷したホッカホカの商品も追加で持って行きます! ←こちらは残念ながら
大幅な値引きは出来ませんのでご了承ください。

追加商品(上記画像とリストの品)は10:00の開店時点ではテーブルに出しておりませんの「宮崎商店」スタッフにお声がけください。


では明日も軍装品屋「宮崎商店」をよろしくお願いします。

 

2017’新春 ブラックホール
都立産業貿易センター台東館 (最寄り駅浅草)
(東京都台東区花川戸2−6−5)

5階フロアー北側

ブラックホールの公式HPはこちら

 

宮崎商店の取扱品はシカゴの店舗では通常は販売しないモデルガン(エアガンは持っていきません)、軍装品などです。 これらは無可動実銃買取りの際に「処分」を依頼された品ですので、マーケット・プライスを無視した価格設定でご好評をいただいております。
 

5階フロアー、入場口から入って左側(北側)真ん中手前辺りのテーブルです。

 

 

本日のワンポイント情報!!

買取りで、M16A1 自動小銃 が東京店に入荷致しました。

HP・詳細画像ともにアップしておりますので、どうぞご覧ください。 


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