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2019.03.12 Tuesday

ドイツ銃器産業の聖地、Suhl

皆様こんばんは、キートンです。

 

さて、今回はニュルンベルクでシカゴ社長と別れ、古くから銃器の生産で栄えたドイツの銃器産業の聖地とも言える町、ズール (Suhl) へと向かいます。 今回私としても初のドイツでの自由時間ですが、ドイツで行ってみたい場所として真っ先に浮かんだのがこのズールでした。

ズールには戦前まで数多くの銃器メーカーが存在し、まさにドイツの銃器産業の中心地とも言える場所でした。 当時のズールにはC. G. ハーネルJ. P. ザウアー & ゾーンといった銃器メーカーが所在していた他、有名なヒューゴ・シュマイザーもズール出身だそうです。

そんなズールの町、大戦中は銃器生産地だったため連合軍の爆撃を受け、戦後は東西冷戦の最前線として町中に東ドイツの秘密警察シュタージによる厳重な監視網が敷かれたりと不遇の時代を歩んだようです。

 

さて、ニュルンベルクから電車で北上する事およそ1時間15分、まずは乗り継ぎ地であるドイツ中部のエアフルト (Erfurt) という駅に到着。

 

ここエアフルトも戦前までドイツの銃器生産を担っていた場所で、MP38やMP40で有名なエルマ社もエアフルトにありました。 (エルマ社の社名であるERMAもErfurter Maschinenfabrikを略したものだそうです)。

 

エアフルトからはSTB (Süd-Thüringen-Bahn、南テューリンゲン鉄道) というローカル線に乗り換えてテューリンゲンの森の中を再び南下していきます。

 

途中、ズールの隣町であるツェラ・メーリス (Zella-Mehlis) という町を通過。 ご存知の方も多いかと思いますが、ここツェラ・メーリスは戦前ワルサー社があった場所です。 (戦後ツェラ・メーリスを含めテューリンゲン一帯が東側地域となったため、ワルサー社は西ドイツのウルムに移転)。

 

エアフルトを出発して約1時間弱で今回の目的地であるズールに到着。 辺りはすっかり暗くなり、駅やその周辺にも人の気配がほとんどありません。。 一抹の不安を感じつつも、駅から少し離れたホテルまで徒歩で移動を開始。

 

ズールの町はテューリンゲンの森の中にあるせいか急勾配が多く、さらに路面状況もあまり良くないので重いスーツケース2個を転がしながらの移動はかなり体力を消耗します。。 (雨が降っていなかったのは助かりました…)。

 

ホテル周辺は人の住んでいる気配のない廃墟のような建物が多く、夜7時過ぎにも関わらず、通行人もほとんどいませんでした…。 (いざとなったらスーツケースを捨てて逃げる他ないですね。。)

 

駅から歩く事およそ20分、ようやくこの日の宿に到着。 今回泊まった宿は1616年創業の歴史あるホテルだったようで、1979年に一旦閉業したものの、その後1986年に当時の東ドイツの人民公社 (VEB) が大規模な改修を行って営業を再開したそうです。 (東独時代はやはり盗聴器が仕掛けられていたのでしょうか…)。

 

ホテルのレストランではテューリンゲンの森で獲れたイノシシやシカのジビエ料理が出てきました。 ビールもこの地方の銘柄で、これでもかというテューリンゲン推しでした。

 

レストランの壁には銃のポスターが! さすが古くから銃器産業で栄えた町です。

 

ホテルの部屋には無料で飲めるドリンクが用意されていましたが、コーラは旧東独時代からあるというVita Colaというブランドでした。 私も今回初めて飲みましたが、レモン果汁の入ったような独特の味わいでした。 (コカコーラレモンやペプシツイストに近い味…?)

 

さて、翌日は早朝からズールの市街へと向かいます。

今回ズールを訪れた最大の目的がこちらの武器博物館。 元々は麦芽製造所として使われていた建物を東独時代の1971年に改修してオープンしたそうで、ズールにおける銃器産業の発展が分かる歴史的な資料が数多く展示されています。

 

博物館の外のベンチには角の生えたウサギ (レプス・コルヌトゥス ?) を捕まえた猟師の像が座っていました。

 

入ってすぐのコーナーではズールで産出する鉄鉱石などの鉱物が展示されていました。 ズールが銃器生産の中心地になったのも、同地で産出する鉄のお陰だったのですね。

 

館内を進むと、ズールや近郊のツェラ・メーリス、エアフルト等で生産された各種の銃器が展示されていました。

 

第一次世界大戦に投入されたMP18 I短機関銃もここズールのテオドール・ベルグマン社で生産されました。

 

C. G. ハーネル社はStG44等を製造していたメーカーとして有名ですね。 初期型のMKb42 (H) も展示されていました。

 

こちらのFG42 II型もズールのハインリヒ・クリーグホフ社で製造された物。

 

ツェラ・メーリス時代の1929年に製造されたワルサーPPもありました。

 

こちらは東独時代に製造された銃器のコーナー。 国家人民軍主力小銃のMPi-KMや訓練用のKK-MPi-69の他、東独時代に国民から恐れられていた秘密警察シュタージが使用した特殊武器も展示されていました。 MPi-KM等の自動小銃の最終組み立ては実際にはドイツ東部のヴィーザー (Wiesa) という場所で行われていたようですが、ズールでも銃身など主要部品を製造していたようです。

 

こちらはワルサーPPを戦後ズールのVEB エルンスト・テールマン工場で生産した「1001」というモデル。

 

シュタージが使用した、AK-74と同じ5.45×39mm弾を使用するSSG 82と呼ばれる狙撃銃もありました。 以前オーストリアの物流倉庫でも見かけた事がありますが、外観は至って普通の競技銃のようですね。

 

9mmマカロフ弾を使用する「Smart」という特殊なリボルバーも展示されていました。

 

こちらはフルオート射撃が可能な「Mod. IX.」というマシンピストルのプロトタイプ。 取り外し可能なフォアグリップ内には予備マガジンが収納されています。 これらの特殊な武器も東独時代にここズールで生産されたようです。

 

博物館の最上階はかつてズールに存在した各メーカーの製品が展示されていました。 戦前ズールにあった多くのメーカーが戦後の東ドイツ時代に人民公社のVEB エルンスト・テールマン工場に統合されてしまったそうです。

 

さて、武器博物館を一通り見終わった後は、お隣にあるズール自動車博物館へ。

 

こちらの自動車博物館ではバイクから自動車まで、ドイツで製造された様々なモデルが展示されていました。

バイクは主にズールにあったSimson社で製造されたものが中心でしたが、それ以外にもドイツ国内外のバイクが集結していました。

 

こちらは銃器メーカーのハーネル社が製造した自転車 (!)

 

知る人ぞ知る、東ドイツで101台だけ製造されたスポーツカー、メルクスRS1000もありました! 992ccの3気筒2ストロークエンジンをミッドシップで搭載しており、ボディは軽量なFRP製。 ドアはガルウィング式で、社会主義国で造られたスポーツカーとしてはデザインセンスもなかなか良いですね。

 

こちらはアイゼナハにあったBMW社の工場を戦後東ドイツが接収して製造されたEMW (アイゼナハ・モトーレン・ヴェルケ) の自動車。

 

デザインは戦前のBMW 327クーペというモデルと殆ど変わっていませんが、エンブレムが青から赤に変わっているのが特徴です。。

 

博物館を2つ見学した後は、近くのパブで昼食。 看板には鉄砲が描かれていました。

 

なんと店内の壁にも鉄砲が…! よく見るとデニックス (?) のレプリカのようでした…。

 

その後、列車の時間までズール市内を少しだけ観光しました。 市庁舎前の広場には1903年に建てられたズールの武器職人の像がありました。 現在のズールではドイツ再統一後に復活したメルケルというメーカーが狩猟用の銃器の生産を行っているようですが、銃器産業は以前ほどの活気は無くなってしまったようです。。

とはいえテューリンゲンの森に囲まれたズールの環境は素晴らしいものがありました。 また機会があればもう一度訪れてみたいですね。

 

次回はドイツ西部のコブレンツへと一気に移動し、同地にある軍事博物館を訪れてみたいと思います。

 

それではまた‼︎

 

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