Chicago Blog

国内唯一の無可動実銃と古式銃の専門店。
スタッフの日記や元フランス外人部隊の声、新入荷の情報などの各種おしらせ、在庫状況など、リアルタイムにお知らせします。

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2009.04.30 Thursday

GW浅草ブラックホール 

 来る5/2(土)、3(日)に東京・浅草にて開催される「2009' 10th GW浅草ブラックホール」に出店いたします。

開催日、時間:
2009年5月2日(土)10:00〜17:00
       3日(日)10:00〜16:00

開催場所:
浅草・都立産業貿易センター台東館 弊社ブースは、会場5階です。

アクセス:
都営バス
都08系統 日暮里駅⇔錦糸町駅 「二天門」停留所下車前
東武線・銀座線 浅草駅から370m 徒歩5分
都営浅草線 浅草駅から500m 徒歩8分

 またイベント開催中も東京店は通常通り営業しておりますので、ぜひご来店下さい。 
東京店へは本会場前の「二天門」バス停より「都08系統」日暮里駅行きに乗り「東日暮里5丁目」バス停下車、徒歩1分です。 東京店からは山手線「日暮里駅」まで徒歩7分ですので、そのまま歩いて山手線までお帰り頂けます。


詳しくは公式HPにてご確認下さい。

>>「2009' 10th GW浅草ブラックホール」公式HP


2009.04.29 Wednesday

なんで無可動実銃屋になったんやろ?! Part 6 (パートタイム・バイヤー時代)

    $200の借金を返すために日本人バーでバイトを始めたんやけど、結構稼げたね。

お客はやっぱ日本人が多かったけど、日本人相手に商売しているプロの女性達に宮崎青年けっこう人気があってチップたくさんもらったから。(ネタでっせ! ネタ!)
例の車上荒らしで全財産なくしたけど立ち直るのは意外と早かったわけやね。 

  仕事はカウンターの中でバーテンダーのヘルプ、台湾人のチーフ・バーテンダーの「シャーマン君」は高砂族の血を引く中々の男前で中国人には見えんかったね。 お客の相手も上手でなにかと勉強にはなったんやけど、お客に「オン・ザ・ハウス
(=おごり)でバンバン酒をだすんよ、恐ろしいくらい。 お客も会計が半分位の金額やからチップをはずんでくれる訳。 その一部をシャーマン君が私にくれるけど、もうこうなったら共犯やね(業務上横領?)。 
ヤバイなぁって思っていたところに、ロスで不法外国人の一斉検挙大作戦があって命からがらバーの裏口から逃げたのをきっかけに「まずは永住権をとらんとアカン!って考えたんよ。 普通は「アメリカでビジネスをするんやったらそこを先に考えるだろ
!」でしょ。 宮崎青年まだ20歳そこそこやったから何も考へんかってん。 

  日本人バーは日曜日定休で「ガンショーへ行くから」ってゆーたら土曜日も休みくれたんよね。 収入も良かったし、ほんまパートタイム・バイヤーとしてやっていくには文句なしやったなぁ。 でも移民局に捕まるか、店のオーナーに「オン・ザ・ハウス」の共犯容疑をかけられるか時間の問題やったね。 「シャーマン君、それは間違っているだろう」なんて絶対に言えない状態やったから・・・、すでに分け前ももらっているし、辞めるしかないでしょ。


  そんでもズルズルとお気軽パートタイム・バイヤーをやっていたある日曜日の夜、テキサスのガンショーを終えて空港から自宅に車を運転して帰る途中で撃たれたんよ。「バシィッ
!」ってフロント・ガラスが割れて。 始めは何が起こったのか検討もつかへんかったけど、後部座席に銃弾の痕。 「やっぱ撃たれたんや!」って判ったらもうパニックって家の近くまで来ているのに家にたどり着かれへん。 もう同じ道を行ったり来たりして時間だけ過ぎて真夜中になってしもて・・・。 ほんでしょうがないからバーテンダー友達に電話して迎えに来てもらってやっとこさ家に帰ったんやけどムッチャ怖かったわ。 銃で脅されたり、強盗にあったりはしたけどこの時は相手が判らんかったんで恐怖っていうのを初めて感じましたよ。

 

  こんなことや、なんやかんやとあったんでロスを離れることになりました。 次に行ったんはロス郊外のオレンジ・カウンティって場所にある日本食レストラン。 永住権を申請してくれるって言うんで、住み込みで働きはじめたんやけど、オーナーは愛人のウェートレス雇っているし、奥さんも住み込みの若い従業員に手を出すムチャクチャな場所やったんで、すぐに住処を変えることに・・・・。


  その奇妙なレストランで永住権をとった人たちばかりが一軒屋を借りて共同生活をしているまたまた奇妙な所に転がり込んだんやね。 後々でその人達が助けてくれることになるとは思ってもいてへんかったけど・・・。 半年位はそのレストランで働いたんやけどいつまで経っても永住権を申請してくれへんかったんでそこも辞めて、中国人が経営する日本食レストランで唯一の日本人として働いたらき始めたんやけど、もう完全なニートやね。 

  中国人のファミリーが家族全員でそのお店で働いているんやけど、日本食のことなんにも判っていないんよ、な〜んにも。 デズニーランドの近くにあったんで、毎日ツアー客で満員御礼。 
私が作る寿司
(反対側が透けて見えるくらい薄いネタやで!)や巨大なてんぷら(そんなもん日本人は喰うか!)なんか出しているから、いつもクレームが来ては日本人の私が対応するわけ。 
中国人オーナーの口癖の日本語「大丈夫
! 大丈夫!」って本来どういう時に使うの????  ここにいたら中国語は覚えても英語なんか全く覚えられへんし、それ以上に日本語を忘れそうだったんよ、ほんま。 

  そこで人生の転機がくるんやね。 相変わらずパートタイムでバイヤーをやっていたらグレートウェスタン
(ガンショーやで!)で何と日本の「文化勲章」を見つけて買ったんよ。 
今でも忘れられへんは。 一万ドルって値段やったんで誰も買われへん。 エエ大人
(アメリカ人のおっさんやね)が何人も集まって「あーでもない、こーでもない」ゆーてるんや。 
「アホかお前ら、文化勲章って相場はないほど珍しい品やで
!友達から借金してその勲章を買ったんやけど、アメリカ人から見たら子供(まぁ20歳やからきわどいところやけど)の日本人がキャシュで買ったんでみんなびっくりしよった。 

  そん時から宮崎青年の名前がアメリカの業者の中で売れてきたんやね。 またラッキーやったんは日本が勲章ブームやったんで、最高の金額
(自分としては)で売れて・・・。 大阪の○○コインの目玉商品でほぼ非売品状態(何千万円?)になっていた品がそれやねん。 写真週刊誌とかにも載ったから知っている人もいると思うけど・・・。 

  ほんでその資金を元に車を
VWのビートルに代えて(オシャレやろ)、パートタイム・バイヤーから足を洗ってまた全米買い付けツアーに出ることにしてん。 
実は転職する時にはいつも一ヶ月ほどかけて長距離バスでアメリカ中
(そういやカナダあたりまでも、ビザを伸ばすために行ったよなぁ)を回ったんで未知への大冒険ってわけでもなかったけど・・・。 

  車で行くのとバスで行くのでは、スタイルが全然違うねん。 バスで行くときは週末にガンショーに行って平日はホテル代がもったいないので毎週カリフォルニアに帰ってくるんやね。 移動中はバスの中で寝れるから経費もかからんし。 一ヶ月$350位で長距離バスが乗り放題やったから「フロリダでもニューヨークでもどこでも行かな損や!って感じで使いまくったわ。 さすがの宮崎青年もアメリカでは野宿は考えへんかったよ、商品と金持ってそんなことしたら絶対に殺されてるもんなぁ。 でも車があったらその中で寝れるんで一旦カリフォルニアを離れたら当分帰って来なくてもエエねん。 って訳でオシャレなビートルも後部座席を取り外されて寝れるようした「けったいな形に改造されていざ出発
!


2009.04.28 Tuesday

なんで無可動実銃屋になったんやろ?! Part 5 (神さんなんておらへんね。)

 サンアントニオ(テキサス州)のガン・ショーで仕入れを終えて、街から出る前にガソリン・ステーションで給油をし終わって、ある事に気が付いきました。 
「血の気が引く」ってこのことやね。 くそ暑いテキサスにいて頭のてっぺんから足の先まで血がすうっと抜けていくのが判ったんよ。 足がガクガクってするぐらい寒さを感じて・・・。 

そぉ財布がない。 全財産
(買付け資金は使い果たしたんで、帰りのガソリン代プラス滞在費くらいやけど)を入れた財布がないねんよ。 
ガソリン代は
$10位やったけど、その金もないすでに給油が終わっていたんで金払わなあかんし・・・・。

事情を説明してもガス・ステーションのおっさん許してくれへんよな。 当たり前や。 
そこで唯一金目のカメラをカタにすぐガン・ショーの会場に戻ったんやげと、財布なんてあるはずもないよね、やっぱり・・・。 

でっ、さっき仕入れたばかりの品を半分の金額で売っぱらって何とか
$50作ったんやけど、そんなんやったら到底ロスまで帰られへんから、別の品も売っ払おうと車に戻ったら・・・。

なんと!車上荒らしにあって車の中は空っぽ
! 「ゲー!! 俺には神さんはいてへんのや!」って思たわ、ホンマ。 

近くに犯人がいてへんか捜したけど、周りは怪しげなメキシカンばっか。 
仕方がないからポリスに届けたんやけど、そこが日本とちゃうね。 一応形だけ現場の状況とかを聞かれたけど、「車停めた周りにどんな奴がおった」と聞かれたから「ガラの悪いメキシカンばっか」って答えたら、そのポリさん「むっ」として・・・。 当たり前や、その警察官もメキシコ系で「ガラの悪いメキシカン」そのもの。 でっ、そのせいか知らんけど調書取りもすぐ終わって「はい、さいなら」やね。 日本のオマワリさんのように帰りの電車賃かしてくれる訳ないわな。 

そやそや早くガソリン・ステーションに戻らんと、一時間で戻るゆーて、カメラ預けて行ったから・・・・。 
案の定二時間遅れていったら「カメラ返さへん、遅れてくるお前が悪いし、そもそも
$10のためにこんな上等のカメラを置いていったお前がアホや」って説教される始末。 

この時は「俺には神さんはいてへんのや
!」ではなくて「神さん俺をイジメんとって!」って天を拝んだよ。 
まさか一日で「財布を失くす」、「車上荒らしにあう」、「カメラをとり上げられる」って三回もえらい目に合うなんて「神さん、俺って今までそれほど悪いことしましたかぁ〜
?」って尋ねましたよ。 おもっきり!   そのカメラが唯一の財産やったからね。

その思いが通じたのか、それとも頭の悪そうな東洋人が天に向かって拝みだしたんで罪悪感を感じたのか、ガス・ステーションのおっさん「次からはこんな高い品をおいて行くなよ」って正規のガソリン代だけ取ってカメラ返してくれてん。 
俺、この日から神さんを信じるようになったよ、何教から知らんけど・・・。 

残った
$40を持ってとにかくロス目指して西に向かったけど、このV6エンジン非情にも目茶苦茶ガソリンを喰うんやね。 持ち主は水しか飲んでへんのに。 

とうとうテキサスとニューメキシコ
()の国境の街エルパソ(昔西部劇の映画でよー出てきた街や)でほぼガス欠状態。 
宮崎青年、前も警察はあてにならへんって心底思ったのにまた警察へ
(ほんまアホちゃうかな)行って事情を説明したら、やっぱまったく誰も相手にしてくれへん。 
「帰りの電車賃かしてくれるのは日本だけや
!ってことを改めて思い知らされたんやね。 

そや、もう一つ警察に行った理由は街に日本食レストランがないか聞くためやったんや
! 
普通のレストランでのアルバイトも考えたんやけど、町には不法移民のメキシコ人が溢れてるんでアルバイトの口もあらへんし。 もし日本食レストランがあれば事情を説明したらお金かしてくれるんやないか、最低皿洗いをさしてくれるんやないかと甘い期待をしてたんやけどね。 でもエルパソには日本食レストランはないねんて。 

殆ど空っぽになった大喰いの愛車に戻っていったら、別のメキシコ系の警察官が追いかけてきて「俺、日本食レストラン知ってるで、俺グルメやからな
!」ってありがたいお言葉。 
メキシコ系の人を
10秒前まで嫌いやったけど、ホンマ好きになったよ。 
親切にレストランまでパトカーで先導してくれたんやけど「なんとか飯店」って大きな看板。 これって中華ちゃうの
?
「お前、タコスばっかり喰っとるから、中華も日本食も判らんのや! ボケー! カスー! お前、拳銃持ってへんかったら殺したるからな!!」って思いながらも「グラシャス、アミーゴ!」って自称グルメの警察官にお礼ゆーて、あー情けなぁ。


そんで「もうどうにでもなれー
!」って思って中華レストランにまたカメラを持って入って行ったんよ。 「中国人やったら、このカメラに$10位しか出してくれへんやろな」って覚悟を決めて。 

まぁ$10でも入ったらエルパソの街に戻って 「メキシコ人より安い賃金で働いたら一年後にはロスに帰れるやろって、もうそんな覚悟やったね。 

ほんなら出できたウェートレスが日本人のおばちゃんで、中国人のオーナーに頼んでくれるって。 
そのオーナーさんホンマにエエ人でなんと一度「質種」になったカメラをカタに
$200も貸してくれたんよね。 「これだけあったら車だけやなくて、俺も飯が喰えるぞ!」って。 

昨日から神さんを信じるようになったけど、中国人のオーナー変な神さん祭っていたんで、宮崎青年もその神さん拝みましたよ、ほんまぎょうさんね。


そんで無事ロスまで帰って、日本人が経営するバーでバイトして
$200をその中国人に返したらちゃんとカメラを送り返しくれたんよね。 

ありがとう、おおきに、謝謝。


2009.04.27 Monday

究極の調味料

 

こんにちは外人部隊です。

 

ここ最近ジャングルで野宿ばかりなので、レーションが続いています。

 

外人部隊入隊前に興味本位で米軍のレーションを食べてみたことがあります。

・・・・考えさせられました。

どうして付属のティーパックの紅茶までまずいのかと。

 

そのせいで外人部隊入隊まで「もし外人部隊のレーションもあんなのだったらどうしよう」とそれが不安で入隊を考え直したことさえあります。
真剣な話とても重要なことです。

考えてみて下さい。 娯楽のない戦場や訓練でどうやってモチベーションを保つかを。

食事と睡眠。

どちらも戦場や訓練では満足にできませんがこれが頼りの綱です。



通常のレーション一式ですが、この半分しか持って行きません。
 

確かにフランス軍のレーションは食えない程まずくはありません。

ですが、たまには苦手なものや物足りない時に役立つアイテム。 私がいつも訓練の際に持っていくもの。

ニンニクとタバスコ。

これさえあればかなりレーションも美味しくいただけます。

 

皆さんも防災グッズの中にぜひ!

乾パンばかり食べてても元気でませんよ!


2009.04.26 Sunday

完全装備

脚、腰、肩が痛みます。外人部隊です。 こんにちは。

 

最近野宿と行軍ばかりです。

ニューカレドニアに来て初めての行軍の際、持ち物のリストに「完全装備」と書いてありました。  新兵の私は真面目にありとあらゆる物を持ち行軍に臨みました。

その結果。

 

完全にやられました。 重すぎる。

 

「完全装備」の意味は「自分に合った最小限必要な物」で、「使いもしない便利アイテム」を山程持って行くことではありません。 「あったらいいな」は「無くてもいいもの」です。

少し成長した私は最小限の荷物を持ち次の行軍に挑みました。

 

素晴らしい!これなら行軍し終わった後でも敵と戦える。

以前は敵と遭遇しても死んだふりをするのが精いっぱいだったでしょう。

 

ちなみに二度目に私が持って行った荷物とは、テント用のビニールと紐、超小型ハンモック(木さえあれば地形や泥濘を気にせずにすむ!)、超軽量寝袋(南国でも意外と夜は寒いです)、マット(暖かいし、いざという時はこれを敷いて寝れば快適)、替えの戦闘服と下着(靴下は多め)、手の平サイズのカッパ(寝る時着ると温かい)、ベビーパウダーに消毒液(足の保護用)、蚊取り線香と虫よけスプレー(蚊が多すぎて寝れない)、ニンニクとタバスコ(究極の調味料)、ゴミ袋(常に地味に活躍)、小銃の手入れ道具(すぐ錆びる)、髭剃りと歯ブラシ(クリームと歯磨き粉は重いので無)、水は3ℓ入る水筒(背負っててもチューブで飲めるやつ)でも私は最大1.5ℓ(満タンにすると重たすぎる)、それとレーション24時間分(支給されたままだと重いので余分な物は食べるか捨てる)、これが私の個人装備です。 この他にも医療キット(意外と重い)、暗視装置、戦闘用ベスト(マガジンとか色々付いてるからかなり重い)これにも1.2ℓの水筒、そして最も大事な小銃など。 持ち物のほとんどが戦闘とは直接関係のない物ですが、これなしに戦闘はできないです。

 


サカドー(大形リュック)の中身です。

まぁこれからもその時に合ったちょうどいい荷造りに気を付けていきたいです。

 


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