今度は映画「関ヶ原」を見てきました。
皆様こんばんはお元気ですか?ナベです、先日映画「関ヶ原」を見てきました(リアルに今の日本の政局自体も関ヶ原状態ですが・・・)。
西軍東軍が激突する合戦シーンも迫力もあり、役所広司さん徳川家康のリアルな太鼓腹といい、クロスボウを乱射する岡田准一さん石田三成といい、大変面白かったのですが・・・2時間20分では短い感じがいたしました。 某宇宙戦争や某指輪物語みたいに何部作〜とは行かないまでも休憩挟んでせめて3〜4時間くらいジックリやってくれたらなあ・・・(個人的な感想ですが)。
その関ヶ原の戦いには東西両軍合わせて15万の軍勢が集結し、その軍勢が装備していた火縄銃も2万〜5万挺あったそうです(戦国時代末期には全国で合わせて50万挺あったとか)。 そして当然シカゴにも火縄銃の在庫ございます。 下の火縄銃は鍛冶七郎兵衛さん作の口径14mmの火縄銃 細筒 (14mmで細筒というのが恐ろしい・・・) です。 当時、近江の国友、紀州の根来と並び鉄砲の産地として知られた堺で作られた可能性が高い、シカゴ在庫の火縄銃 細筒はこちら
下の火縄銃は江戸期の井上外記流の中筒(口径18mm)です、井上流は稲富流、田付流と並ぶ名門鉄砲流派です。 初代の井上外記さんは大阪の陣に参戦し2代目将軍徳川秀忠に仕えた人物でしたが過ゲキな人だったらしく同僚の稲富さんとどっちが鉄砲上手いか?と口論→刃傷(砲術家同士が刃傷沙汰?)→お亡くなりとなってしまいました、そのため一時井上家は断絶してしまいましたがなんとか家名再興して幕末まで鉄砲流派として続きました。 銃床の形が独特、火縄銃 井上外記流中筒はこちら
こちらの火縄銃は軍用ではなく狩猟用、または標的射撃用の阿波の国製火縄銃です。 阿波の国は戦国時代末から鉄砲の生産が結構盛んな地域だったそうで同じ鉄砲産地の堺とも関係が深かったそうです。 本品は銃身に「阿州石田守吉作」と製作者の銘があります。 徳島県在住石田守吉さん作の火縄銃 阿波細筒はこちら
個人的に「関ヶ原」と言って連想するのは人形がカワイイ関ヶ原ウォーランド・・・ではなく明治時代にプロイセンから軍事教官として来日したメッケル少佐です(本人、目茶苦茶来日を嫌がったそうですがドイツ軍総出の説得と日本でもモーゼルワイン飲めるよ♥等の説得で3年に渡り陸軍大学校の教官を務め日本陸軍に大きな影響を与えました)。
でメッケル少佐、軍の演習旅行で関ヶ原へ行った際に両軍の布陣図を見て即座に「西軍の勝ち!」と言ったとか(この少佐のコメントは創作という話もありますが下の図を見たら、西軍が高地に布陣し低地の東軍を包囲してる状況から誰しもそう思いますよね・・・)。 結果を聞いた少佐は「・・・情報収集や事前準備(調略)は大事だね♥」と言ったとか言わなかったとか。 いやあ今に通じるものがありますねぇ〜。
本日のワンポイント情報!!
買取りで、US M2 カービン (復刻品空挺用ストック付) と ウィンチェスター M55 ライフル が東京店に入荷致しました。
HPとDetailed Photos(詳細画像) は近日中にアップする予定です。 価格は現時点ではまだ決まっていません、何卒ご了承くださいませ。